軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
「……お母様……」
思わず呟き、誘われるように室内へと足を運ぶ。シーラに続いてボドワンとクーシーも中に入り、扉を閉めた。
ベッドの人影は異変に気づいたようで、モゾモゾと身じろぎする。そしてシーラがベッドの前に着くと同時に、ゆっくりと身を起こした。
(お母様……!)
大声で呼びかけたくなるのを、シーラは口もとを手で押さえてこらえた。
寝起きで乱れてはいるが、カールの掛かった蜂蜜色の髪。ランプの灯りに照らされた海のように青い瞳。痩せて頬はこけ生気を失っているけれど、どこか少女のような面影を残す顔立ちは、若い頃はさぞシーラに似ていただろうことを窺わせる。
間違いない、この人が自分の母だとシーラの胸がいっぱいになる。瞼の裏が熱くなって、涙が零れそうになった。
クラーラは光のない瞳でボンヤリとシーラを見つめていた。突然部屋に見知らぬ者が現れても驚きも騒ぎもしないのは、やはり心が正常ではないのだろう。今の状況を考えると助かるが、悲しい気持ちの方が大きい。
人形のように虚ろな母を前に、シーラはなんと言葉をかけていいものか戸惑う。早鐘を打つ胸を両手で押さえ唾を呑み込んでから、小さな声で「お母様……」と呼びかけてみた。
その瞬間、ピクリとクラーラの表情が変わった。どこを見ているのか分からなかった視線が、明らかにシーラに向けられる。
もしかしたら母は娘だと分かってくれたのだろうか。膨らむ期待で頬が熱くなった。
シーラは思い出したように慌てて首からネックレスを外すと、それを両手で差し出して訴えた。
「お母様、私です、シーラです……! 覚えていらっしゃる? あなたの娘です……!」
クラーラの紋章である薔薇模様のカメオのネックレス。それはシーラが赤ん坊のときに与えられた母と娘を繋ぐ唯一の証拠だ。
クラーラはそれを見つめ、もう一度視線をシーラに戻した。その顔はさっきまでの抜け殻のようなものから、どんどんと人としての表情を取り戻していく。
「お母様、会いたかった!」
溢れる気持ちが抑えきれず、母を抱きしめようと腕を伸ばしたときだった。
同じように腕を伸ばしたクラーラの手がシーラの脇をすり抜け、サイドテーブルのオイルランタンを掴む。
そして、異変に気づいたボドワンが止めに入る間もなく、ランタンがシーラの頭を打ち払った。