軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
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「調子に乗りおって、成り上がり王朝の三世が……!」
メア宮殿から去っていく馬車の中で、マシューズは苛立ちのままにアドルフを罵った。威厳を感じさせるはずの壮年らしい面立ちは、怒りに醜く歪んでいる。
「勝手にシーラ様を連れ去ったあげく宮殿に閉じ込め、こちらが再三謁見の申請をしても無視し続け、ようやく謁見が通ったと思ったらあの態度だ! いくらこちらが敗戦を期したとはいえ、無礼にもほどがある! 見ていろ、必ず国際裁判で吠え面をかかせてやる!」
憤慨するマシューズとは対照的に、向かいの席に座っている王国大使のノーランドは落ち着いた様子で腕を組んでいた。
「しかし、シーラ様の御身があちらの手にあることは、やはり不利ですね。シーラ様ご自身が結婚に同意されてしまえば、国際裁判もそれを認めない訳にはいかないでしょう」
淡々とした口調で冷静に状況判断をするノーランドの言葉に、マシューズは悔しそうに舌打ちをして「何か策はないのか!」と当たり散らす。
「策がないこともございません。ようは帝国の了承などなくとも、シーラ様を我が国へお迎えしてしまえばよいだけのことですから」
髭の生えた口もとをニコリと微笑ませて言ったノーランドに、マシューズが期待で目を見張る。
「本当か! ならばすぐに決行しろ! この際、生きてさえいればシーラ様の身に多少何かあっても構わん!」
興奮するマシューズを細めた目で眺めながら、ノーランドは「まあ、まあ」と両手を向けて宥めた。
「我々は不利な立場にあります、ことを荒立ててはいけません。あくまでシーラ様のご意思で帰国していただくことが大事です。そう、シーラ様ご自身が『祖国に帰りたい』と思うことが……」
そう楽しそうに策を講じるノーランドの瞳は、馬車の窓から遠いフェイリン王国の方角へと向けられていた。