誓約の成約要件は機密事項です
「実は……耳鼻科に行こうかと思っていまして」

「あら、体調が悪かったのね?」

「いえ。最近、聞き間違いが多いというか、幻聴が聞こえまして」

那央は、長い睫毛を打ち付けるように瞬きした。

「……いつ?」

「ある人と話ししているときに、その人が言うはずのない言葉が聞こえてくるんです」

「例えば?」

「そうですね……『僕にするといい』とか、『もう一度会ってほしい』とか」

「え! 口説かれてるってこと?」

「いえいえ、滅相もない。そんなこと言うはずがないんです」

那央は、食事をしても口紅の剥げない唇から溜め息を零す。

ランチセットのアイスティーではなく、水をごくごく飲み干してから、千帆に向き直った。

「それって、例えば……テレビの中の人とか、ゲームの中の人みたいな二次元の話?」

「いえ、面と向かってお話ししている人です」

「それなら、幻聴じゃないんじゃない? 会話してたんでしょ?」

「はい。でも、絶対言うはずがないので」

「……ちなみに、相手は誰なのか、聞いちゃいけないかしら」

ここで千帆は、悩んだ。相手が涼磨だと知られるのは、まずい気がする。

けれど、このままでは那央に信じてもらえないだろうし、相談もままならない。
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