誓約の成約要件は機密事項です
「……絶対、誰にも言わずにいてくれますか」

「私、こんな見かけだけど、口は堅いのよ」

那央は、肩から流れ落ちてきたツヤツヤの髪を後ろに払う。

那央は、美人だ。元々容姿に恵まれている上、枝毛一つないようよく手入れされた髪や、はげたことが見たことのないネイルから、努力が伝わる。

お店に入ってきた若い男性客が、那央のことをチラチラ見ていく。

那央は、それを気にした様子もなく、千帆を促す。慣れているのだ。

那央の口が堅いことは、千帆もよく知っていた。社内事情に疎い千帆に、ここぞというときは色々教えてくれるが、それ以外で噂話を口にするようなことはない。

覚悟を決めて、千帆は申告した。

「実は……副社長なんです」

「えっ! もしかして、月曜日は、その話だった?」

「はい。結婚相手を探しているなら、自分でもいいだろうというように聞こえた気がしたんですが……」

「なんで、それが幻聴なのよ!?」

「だって、副社長ですよ」

非上場で親族経営の中小企業とはいえ、業界ではそれなりの規模の会社の経営を担う人だ。容姿も経歴も申し分ない上、まだ若く、一介の平社員である千帆に固執する必要性がない。

「ええと……言い寄られたのは、月曜の夜だけなのね?」

「実は、昨日の帰り際に副社長室に呼ばれまして、もう一度会うようにと言われました」

「……なんで、それを幻聴呼ばわりするのかな」

眉間をもみ込む那央は、コップの水がなくなっていることに気づくと、アイスティーのストローをくわえて、ズズッと勢い良く吸い込んだ。
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