誓約の成約要件は機密事項です
流しに向かっていた千帆のすぐ横に並ぶように、涼磨が立っていた。千帆がよほどぼうっとしていたのか、近寄られるまでまるで気づかなかった。

涼磨に会うのは、副社長室に呼ばれたとき以来だ。

涼磨は、長い腕を流し台につき、身動きできずにいる千帆をのぞき込むように体を倒した。

――近い……っ!

男に不慣れな千帆は、それだけで気持ちが乱れる。

「明日、空いているな」

「……どうして、それを」

課長が言ったのだろうか。

小首を傾げた千帆に合わせるように、涼磨の首も傾く。

「もう一度会いたいと言ったはずだ」

タイミングの良さと涼磨の強い視線に、千帆はハッとする。

「……もしかして、最初から仕事はなかったんですか?」

「普通に言ったら、君は会っただろうか」

千帆には、答えることができない。おそらく断っただろうと、脳内では反射的に答えが出ている。

この間、副社長室でそう要請されたときだって、まともに答えもせずに逃げ出したくらいだ。那央に否定されたものの、千帆の中では一連の涼磨の言動は、幻あるいは勘違いということで片づけている。

涼磨からは、メッセージが届いていたが、無視していた。
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