誓約の成約要件は機密事項です
男性と付き合ったこともなければ、片思いでさえろくにしたこともない千帆は、待っていただけでは、一生独りのままだろう。

かといって、那央のように、自分から積極的に出会いを作れるような性格でもない。

「つまり、何か緊急的な理由があるわけではなく、自分から望んで結婚したいと思っているんだな」

「もちろん、そうですよ」

「夫に経済的に頼りたいわけでも、社会的な地位を手に入れたいわけでもない?」

「そうですね。仕事は、好きですし。誰かの“奥さん”になりたいという気持ちは、少しはあると思いますけど、純粋に一緒に家族を作ってくれる人を見つけたい。それだけなんです。それって、おかしなことでしょうか」

「いいや」

テーブルの端に載せていた千帆の手が、ふいに温かくなった。

「僕も同じだ」

涼磨が、向かい側から長い腕を伸ばし、千帆の手の甲をそっと覆っていた。

初めての触れ合いに、千帆の頭は真っ白になる。

涼磨に覆われた手だけが熱い。

呆然として微動だにしない千帆の滑らかな甲を、涼磨の指先がそっと撫でる。

「ひゃっ」

慌てた千帆が、手を引っ込めた。その拍子に、グラスを引っ掛ける。

「危ない!」

テーブルに落ちる寸前で、涼磨がそれを受け止めた。水が入っていなかったのが幸いし、被害はない。
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