君の日々に、そっと触れたい。


私服に着替えてしまえば、面会証を身につけていなくても面会者に紛れこめた。

それでもなるべく人目につかないルートを選んで、知り合いの医者や看護師に顔を見られないように気を遣いながら、俺は堂々と正面玄関から病院を脱出した。

時刻は午後3時。
俺の不在に気づくとしたら、3時間後に夕食を運んでくる時だろう。それまでに、なるべくここを離れないと。


だけど、どうしたらいいんだろう。


ここに居ては行けないことは分かるのに、自分の居るべき場所が分からない。

もしかしたら、そんな場所もうどこにも無いのかもしれない。




気付いたら、いつもの海に来ていた。

久しぶりに吸い込んだ外の空気と潮風で、肺がきりきりと傷んだ。咳き込む音をかき消すように、俺は膝を抱えた。



───こんな、気持ちだったのかな。



あの日、死のうとした桜は、こんな気持ちだったのだろう。


桜は脆くて繊細だ。だけど本当はすごく強いのだと思う。

だって俺は、死んでしまう勇気がない。

どこにも居場所なんてないのに、消えてしまえるだけの勇気がない。



「……………………李紅?」




声がする。名前を、呼ぶ。
ああそこが、俺の居場所ならいいのに。







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