君の日々に、そっと触れたい。

「私が居場所になる」

【桜side】

空咳に揺れる、華奢な背中を見た。

李紅とはじめて出会った海。通りかかったのは李紅の居る病院に行こうとしていたからだった。

だから、なんの夢かと思った。


「………………李紅?」


名前を呼ぶと振り返ったのは、やっぱり病院に居るはずの愛しい人で、私は思わず鞄をその場に放り、駆け寄った。


「………桜」

「李紅、なんでこんなところに居るの!?」

「……………他に、行くところがないから」

「え……?」

振れた肩は酷く冷えていて、随分と長いことここで潮風を浴びていたのだろうと伺えた。
どうして、こんなところに。

「とにかく、病院から離れようと思った。けど、行くところもないし、疲れたから、ここにいた」

「どうゆうこと……?病院を抜け出してきたの?!」

「うん、まぁ…」

そう答えた李紅の目は、なんだか色がないように見えて、どこを、なにをみているのか分からない。

咄嗟に私は、可笑しい、と思った。


「李紅、なんていうか………大丈夫……?」

「………今、なんの心配してる?桜。俺がいくら脳の病気だからって、わざわざ私服に着替えて徘徊とかしないからね」

「…………」

「なんだよ図星?失礼だなぁ…」

ふ、と李紅は力なく笑った。
笑顔にいつもの覇気がない。

顔色だって良くない。ただでさえ最近は体調が良くなかったのに、こんな所でこんな時間までそんな薄着で潮風に当たるなんて。


「……………帰ろう、李紅。病院に」


脱走した理由を聞くより先に、病院に戻るべきだと判断した。今の李紅の身体は、少しも無理なんてできるものじゃないのだから。

そう思って掴んだ左手を、李紅は力なく振り払う。

「ごめん、嫌だ」

「嫌だって李紅……病院で何かあったの?」

「……………」

「李紅?」

「………………………ねぇ、ごめん。ごめん桜」


唐突に李紅は謝り出して、両手で顔を覆った。



「桜を、笑顔にしたかったのに……ずっとずっと、その笑顔を奪ってきたのは俺だった…!!」




まるで、何かに押し潰れてしまいそうな、こっちまで苦しくなるような叫びだった。



「どうゆうこと……………?」



恐る恐る問う。


尋常ではないなにかがあったということは、痛いほど伝わってる。だから声が震えた。



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