副社長の一目惚れフィアンセ
「すみません、お待たせしてしまって」

「いえ、では行きましょうか」

再び黒岩さんの少し後ろをついて歩くと、正面玄関前には副社長の青い車が停まっていた。

黒岩さんがエスコートしてくれて助手席に乗り、静かにドアが閉まった。

「お疲れ様。急で悪いけど、日中はなかなか社長とスケジュールが合わなくて。
今時間が空いているようだから、挨拶についてきてほしいんだ」

「はい」

やっぱり、さっそく最大の難関が訪れた。

社長が認めなければ婚約は成り立たない。

誕生日まであと2日。それまでに挨拶をして婚約の承諾をもらわなければならないのだと思っていたのだ。

車は発進し、サイドミラー越しに玄関前で黒岩さんは頭を下げているのが見えた。

車が見えなくなるまで頭を下げているつもりなのかな。

副社長は「ああ」と察したように言った。

「黒岩は3年前から俺の第一秘書をしてくれているんだ。
俺の婚約者という以上、黒岩も君のことを丁寧に扱うのは当然のことでね。
慣れないと煩わしいかもしれないけど、少し我慢してくれ」

「は、はい」

そもそも私は秘書というものは女性がするものだと思っていたから、男性の秘書というのもいるのか、なんて妙に感心したのだ。

しかも第一秘書ということは、他にも秘書はいる。
一体何人の秘書が副社長をサポートしているんだろう。


…いや、そんなことを考えている場合じゃない。

これからこの大企業の社長に会うのだ。

副社長相手にあれだけ緊張していた私が、社長を相手にしたらどうなるんだろう。

本当に吐くかもしれない。

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