副社長の一目惚れフィアンセ
永遠に着かないでほしいという願いも虚しく、車は10分もかからずにコインパーキングに入った。

そしてそこから2,3分歩いた先の細い道に、いかにも高級そうな門構えの料亭があり、木の引き戸を引くと中から着物姿の美しいおかみが現れた。


通された『菊の間』という部屋にはすでに男性がいて、あぐらをかいて片手におちょこを持ち、だいぶ酔っているようだ。

顔が赤く、目も半分くらいしか開いていないその姿はただの中年の酔っ払いサラリーマン。

入社式以来社長に会える機会なんてなかったのだから、顔も覚えていない。

同じ会社で働いていても、私のような平社員にはお目にかかる機会もない。

この人は本当に社長…?で間違いないんだよね…?

副社長は呆れたように肩を上下して、はあっとため息を吐いた。

「…接待が中止になったからって、一人でそんなに飲むのはいかがなものでしょう」

「こんな時でもないとゆっくりと飲めないからな。彼女がお前の婚約者か?」

そう言って顔を傾け、副社長の後ろでガチガチに緊張している私を見た。

「ああ。高野明里さんだ。約束通り、期限には間に合いましたからね」

「まあ、仕方ない。約束は約束だ。
せっかくいい相手をピックアップしてあったんだが…
先方に正式に打診する前でよかった」

そう言いながらひとり頷き、おちょこを傾け、隣にいる女性がお酒を注ぐ。

「明里さんと言ったね。直斗をよろしく頼むよ」

「は、はいっこちらこそ、よろしくお願いします」

声をうわずらせながらも、なんとか無事に返事をして、挨拶はあっという間に終わった。

家柄も何も聞かれることはなく、それなりに受け答えの内容を考えていた私にしてみれば拍子抜けしてしまうくらいだった。



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