冷酷な騎士団長が手放してくれません
「おとう、さまが……」


アンザム卿の、穏やかな笑顔が脳裏を過る。幾度も頭を撫でてくれた手の温もりも、鮮明に蘇った。


「そんな……」


悪い病に侵されていることは受け止めていたが、別れがこんなにも早いとは思わなかった。


なすすべもなくその場に座り込んだソフィアを、アダムがそっと支える。不安げに覗き込むアダムの眼差しを、ソフィアは震えながら見返した。


「早く、リルべに帰らなければ……」


「ですが、この嵐の中では危険です。殿下がおられたとしても、反対なさるでしょう」


ニールは、数日前から再びロイセン王国の首都リエーヌに赴いている。


「でも、わたし、お父様に何一つお礼を言えていない……」


せめて、晴れ姿を見せて安心させてあげたかった。


ソフィアの瞳から、涙がこぼれ落ちる。






その様子を見たアダムが、しばらくの間考え込むように押し黙った。


それから、意を決したようにこう言った。


「どうしてもとおっしゃるのなら、殿下には内密に馬車をご用意することも出来ます。御者は、私が務めますので」


ソフィアは、顔を上げた。アダムの据わった瞳が、ソフィアに試すような視線を送っている。


「本当……?」


「ええ。殿下が帰られるのは数日後。殿下には私から、嵐が止んでからお送りしたと言いますので、ソフィア様はそのままリルべに滞在なさればよろしいかと」


ソフィアの表情に、光が射す。アダムはニールが認めているだけあって、器用な男だ。馬術にも長けていると以前にニールが言っていたから、たとえ嵐であろうとも上手く操縦するに違いない。


それに今のソフィアは、一刻も早くアンザム邸に戻って父に会いたかった。
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