冷酷な騎士団長が手放してくれません
厩舎に行けば、アダムが馬を一頭繋いだ小型の箱馬車を用意していた。


「ソフィア様、どうぞ」


「ありがとう、アダム。あなたには感謝の気持ちでいっぱいだわ」


アダムが御者席に座り、鞭をしならせる。


馬の嘶く声が雨音に掻き消されたのは、幸いだ。人に見つからないよう、城の裏門から外へと出ることが出来る。







大雨でぬかるんだ道は、馬車を激しく揺らした。天井を叩く雨音と、時折轟く雷音。世界は闇に包まれていて、視界は最悪だった。それでもアダムが操る馬車は、カダール城からどんどん離れていく。


(お父様、どうか間に合いますように……)


二人掛けの狭い座席に座ったソフィアは、膝の上でぎゅっと両手を握り締めた。


胸が、押しつぶされそうなほどに苦しい。もっといい子だったら、もっと早くに結婚していたら、と後悔がさざ波のように押し寄せる。


せめて、お父様の息があるうちに、これまでのご恩を言葉にして伝えることが出来るなら――。






どれくらい、時が過ぎただろう。アダムは最大限馬車を飛ばしてくれてはいるが、リルべまでは大分距離がある。だがこのペースだと、夜が明ける前までにはどうにか辿り着くかもしれない。


「アダム、大丈夫? 寒くない?」


御者席で雨に濡れながら馬を操っているアダムに、声をかける。アダムは雨避けに羅紗のコートを着込んでいはいるが、心配だ。


「大丈夫でございます。私のことは、どうぞご心配なさらないでください」


ソフィアを安心させようとしているのか、雨に濡れながらも、アダムは微笑を浮かべてみせた。





長い間ソフィアは気を揉みながら病床の父のことを思っていたが、夜が深まるにつれ、次第に眠気が襲ってくる。


そしていつしか、座席に頭を預け力尽きたように眠ってしまった。

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