冷酷な騎士団長が手放してくれません
帰りがけ、馬車に乗り込む寸前に、ニールはソフィアに一冊の本を手渡してきた。


「前に話した、アレクサンドル・ベルの新作だ。持って帰って、ゆっくり読むといい」


まだ新しい紙の匂いの残るその本を腕に抱くと、ソフィアは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「今度、感想を聞かせてくれ」


「はい」





扉が閉まり、御者が手綱を引き上げた。


馬の唸りと共に、軽快な車輪の音を響かせ馬車は走り出す。


いつまでも馬車を見送るニールのシルエットを、ソフィアは複雑な思いで眺めていた。







要塞城と堀の向こうを繋いでいるアーチ橋は、既に夜の闇の中に沈んでいた。


今宵は辺境まで走り、母マリアの従妹の邸で一泊する。


向かいの席では、ライアンが既にいびきをかいて眠っている。


サロンの終盤あたりから、ライアンは眠そうに目を擦っていた。出版禁止の本について熱弁し過ぎたせいで、精魂尽き果てたのだろう。


我が兄ながら、その傍若無人ぶりには呆れてしまう。








(今日は、色々なことがあり過ぎたわ)


胸の奥がごちゃごちゃだ。


ニールのあのひたむきな眼差しを思い出すと、いたたまれなくなる。


こんな時、ソフィアはすぐにでもリアムに会いたくなってしまう。


ソフィアの不安な心の内を、リアムはいつものように黙って聴いてくれるだろう。


多くを語らなくとも、あの海の底のような青い瞳に見つめられると、海を漂う泡のように穏やかな気持ちになれるのだ。


リアムがいないと、体の半分が空っぽのように心許ない。






ソフィアは右手の手袋を外すと、傷跡をそっと撫でた。


目を瞑り、母のマリアが『醜い』と顔をしかめる微かなふくらみを、指先で感じる。


そうしているだけで、気持ちが少しだけ落ち着いていく気がした。






< 49 / 191 >

この作品をシェア

pagetop