冷酷な騎士団長が手放してくれません
「まあ落ち着きなさい、マリア」


そこで助け舟を出してくれたのは、今まで黙って事の成り行きを見守っていたアンザム卿だった。


「何も、断るとは言っていない。少し考えたいと言っているんだ。結婚は、一生を決める大事なこと。ソフィアに、もう少し時間をあげようじゃないか」


穏やかな視線が、窮地に立たされていたソフィアを柔らかく包み込む。


辺境伯である夫の言い分にさすがのマリアも歯向かえないようで、しかめ面ながらも口を閉ざす。


「あなたがそう言うなら……」


ごにょごにょと呟かれた台詞は、明らかに不服そうだった。








「お父様……」


「ソフィアは、賢い子だ」


アンザム卿の肉厚の掌が、ポンとソフィアの頭に乗せられた。


「自分の決めた道を、信じなさい」


目尻に皺の寄った優しい瞳が、ソフィアを見ていた。



いつだって、アンザム卿はソフィアの意志を尊重してくれた。


十年前、リアムをアンザム家に置きたいと言うと、真っ先に受け入れてくれたのもアンザム卿だった。


あの時のやり取りは、今でも覚えている。


娘の右手に一生ものの傷を負わせたきっかけであるリアムを、マリアは受け入れるどころか処罰しようとした。


だが、アンザム卿がこう言って制したのだ。


『ソフィアが命を懸けて守った子だ。ソフィアは賢い子だ。この子の内側に、命を懸けて守らねばならない何かを感じたのだろう。ソフィアの選んだ道を信じようじゃないか』






「ありがとうございます、お父様。もう少しだけ、時間をくださいませ。近日中に、必ずお返事いたします」


「うむ。わかった」


微笑を見せると、アンザム卿は早々に身を翻す。


そして、


「焦らなくても良いからな」


そんな気遣いの言葉を残して、部屋から出て行った。


もの言いたげなマリアも、しぶしぶ後に従いドアの向こうへと消えた。








ソフィアは、ほっと胸を撫で下ろす。


だが、二人とともに来たはずのアーニャがまだドアの横に立っているのに気づき、首を傾げる。


「どうしたの? アーニャ?」


アーニャは顔を上げると、すぐに伏せた。


今まで見たことがなほどに、活力のない表情だ。


「何でもございません……」


そしてどことなく湿った声を出すと、アンザム卿とマリアを追うように、部屋を後にした。
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