冷酷な騎士団長が手放してくれません
ソフィアの、胸の奥が震えた。


リアムを、手放したくはなかった。でも、手放すしか方法がないと思っていた。だが、リアムは自ら騎士団長の座を捨てソフィアについて行くという。


「ありがとう、リアム……」


(私の不安な心の中を、見抜いてくれたのね)


手を伸ばし、リアムの頬に触れる。すると、碧眼の騎士は哀しげな微笑を浮かべた。





風が、湖畔で見つめ合う二人のもとに、愛しいリルべの夏の香りを運ぶ。


この十年、二人はこの場所で幾度もともに過ごした。楽しかったことも、嫌だったことも、ソフィアはこの忠実な下僕にだけは何でも話すことが出来たのだ。


「ねえ、リアム。あなたに、頼みがあるの」


「何でしょう」


「私に、男の扱い方を教えて」


リアムの整った顔が、一瞬固まる。ソフィアは、構わず先を続けた。


「お兄様に言われたの。公爵夫人になるには、私は未熟過ぎるって。それから、男と女の情事を書いた本を渡された。数日掛けて読んだわ。そして……男と女が、初夜に何をするのかを始めて詳しく知った」


思い出しただけでも、顔が熱くなる。出版禁止になるのも頷けるくらい、ライアンの貸してくれた本には、そのことが綿密に描かれていた。


キスも、肌に触れることも、その先も。


「私、不安なの。あんなことが出来るか……。だって、殿下の手が体に触れただけで怖かったのに、その先まで出来るなんて到底思えない」







震え声で話し顔を上げれば、リアムの鋭い瞳が目に飛び込んで来た。リアムは、その美しい顔立ちも手伝って、時々身震いするほどに精悍な顔つきになる。


「まずは、何をすると書いてあったのですか?」


「まずは、キスよ」


男と女が唇を重ね合っていた、挿絵を思い起こす。


ソフィアには、キスの経験はない。唯一の経験は、リアムが忠誠を誓う時にしてくれる、手の甲へのキスくらいだ。


「他人と唇を合わせるなんて、考えただけで怖くなる。でも、あなたとなら出来る気がするの」
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