冷酷な騎士団長が手放してくれません
草と水と、木々から漂うマロニエの花の香り。


リルべの夏の香りを感じながら、ソフィアは湖畔で剣術の稽古に勤しんでいた。


相手は、もちろんリアムだ。小一時間近く剣を交わし合ったあとで、ようやくソフィアは腕を降ろした。


「もう、終わりにするわ……」


「かしこまりました」


目の前の騎士は、やはり汗一つ掻かず涼やかな表情で剣を鞘にしまう。


ソフィアも剣を収めると、束ねた髪をほどいた。腰まで伸びた蜂蜜色の髪が、宙に広がる。湿った髪が風にさらされ、心地が良い。





いつものように、リアムはソフィアのシャツを脱がせると、布で肌に浮かんだ汗を拭き始めた。耳の後ろを滑った布が、うなじを這う。草原に座り込んだソフィアは、目を閉じながらリアムに身を任す。


「リアム。剣術のお稽古は、今日で終わりにしようと思うの。だから、この剣と服を返すわ」


リアムが、ピタリと手の動きを止めた。


「なぜですか?」


「淑女のすることではないからよ」


自嘲気味に、ソフィアは微笑んだ。


「馬に乗ることも、剣術に勤しむことも、こうやって日に肌を晒すことも」


ソフィアは、背後にいるリアムを振り返る。布を手にしたまま、自分を見ているリアムと目が合った。


「私、ニール王子の婚約をお受けしたの。アンザム家の名に恥じないよう、これからは分をわきまえて行動するわ」


微笑むソフィアを、リアムは表情を変えないままじっと見ていた。寡黙で表情の乏しいこの男は、何を考えているのか読めない節がある。


ソフィアは、彼女の忠実な下僕の顔を、黙って見返した。






やがて、リアムが静かに口を開いた。


「俺も、お供いたします」


驚いたソフィアは、リアムと向かい合う。


「何言ってるの? 騎士団長のあなたが、リルべを離れられるわけがないでしょう?」


「ダンテがいます。俺の代わりに、ダンテが騎士団長になればいい」


「でも……」


「ソフィア様。俺が忠誠を誓ったのは、リルべの地でも、アンザム辺境伯でもありません。あなただけです。あなたが行くところなら、どこまででもついて行く」


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