ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「ちょっと待ってな。今、チケット取ってくるから」と歩き出そうとしているもっくんを引き止め、私は隣に並ぶ。

唖然としている良樹と向かい合い、揃えた指先をもっくんに向け、真面目な顔をして彼を紹介した。


「えー、遅くなりましたが、こちらが鈴木もっくんです。良樹がやきもちを焼きまくっていた、私の大切な演歌友達です」

「……まじか」


良樹はそう呟いてから、高級スーツの両膝を砂利の地面に落とし、両手もついてガックリとうなだれている。

次に驚くのはもっくんの番で、八割白髪の眉を上げて、「夕羽ちゃんと帝重工の社長さんは知り合いなのか?」と私たちを見比べていた。

頭を掻いて照れながら、「うん。私の恋人」と言えば仰天されたが、もっくんは急にワハハと笑いだし、四つん這いの姿勢で動けずにいる良樹の肩をポンと叩いた。


「夕羽ちゃんの手前、このまま帰すわけにはいかねぇな。三門さん、事務所でお茶でも飲みましょうか」


それから一時間ほど経ち、私は黒塗りの高級車の後部席に、良樹と並んで座っている。

運転手付きのこの車を近くの有料駐車場に待機させていたらしく、笑顔のもっくんに見送られてネジ工場を出た彼が電話をかければ、すぐに迎えにきてくれた。

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