ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
当たり前だ。どこから縄梯子に掴まって飛んできたのか知らないが、この季節の北国の海上は寒いどころじゃすまない。

防寒着も着込まずに、燕尾服でバラの花束って……良樹は一体なにがしたかったのか。

「とにかく体を温めないと」と、彼に着せるために私の羽織っているダウン入りのベンチコートを脱ごうとしたら、それを遮るように強く抱きしめられた。


三日ぶりの抱擁に思わず胸を高鳴らせれば、耳元に怒っているともとれる、深刻そうな声を聞く。


「頼むから、俺から逃げないで。夕羽が嫌なら親に会わなくていいし、今後はどんなパーティーにも参加しなくていい。だから、世界が違うと言わないでくれ……」


冷たい燕尾服の肩下に頬を押し当てられている私は、目を瞬かせて考えている。

どうやら良樹は、私が残したメモを読んで勘違いしたようだ。一時的な帰省ではなく、別れるつもりで地元に帰ったのだと。


そう思わせた原因にも心当たりがある。

彼の出張前夜に一緒に晩酌した時、異世界の人と交際している気分で困るというような愚痴をこぼした記憶があった。

寝落ちしかけた私に彼は、『そんな悲しいこと言うなよ』と切なげな声で呟いてたっけ。
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