ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
度の入っていない眼鏡をかけているのも、少しでも凄みを増したいというのが理由らしい。

確かに眼鏡をかけた方が、実年齢より少々上に見えるかもしれない。外すと表情がいくらか和らいで見える気もする。

二十九歳という若さで、自分より遥かに年上の社員を引っ張っていくために、彼は無理をして鬼の仮面を被っているのだと知った。


それならば、気安く声をかけないように気をつけるし、なるべく接近しないようにとも思うのに、こうして毎日呼び出される。

彼との友人関係を秘密にしつつも、不自然に思われずに社長室に通うのは、私には難しい芸当であった。


エレベーターは十五階に到着する。

すぐ近くには秘書課のガラス張りの壁があり、数人の秘書がデスクワークをしている様子が見えた。

その中に津出さんの姿もある。

今日の彼女は上品なオフピンクのスカートスーツを着ていて、私に背を向けて座っている。


気づかれたくないと思い、担いでいる脚立が音を立てないように注意しながら、意味もなく中腰で、そろりそろりと秘書課の前を通り過ぎた。

しかし気を抜く間もなく、秘書課を過ぎたすぐの廊下で、「浜野さん、またですか」と後ろから呼び止められてしまった。

ビクリと肩を震わせて振り向けば、廊下に出てきた津出さんが、足早に私に近づいてくる。


「いやー、本日はお日柄もよく、実に電球交換日和で」とヘラヘラと笑い、「それでは、ちょっくら取り換えてきます」と歩き出そうとしたが、それを許してはもらえない。
< 24 / 204 >

この作品をシェア

pagetop