五十夜美咲事件帳 No.000【男スポ作品】
「え!?」

 五十夜警部補は、他の方には目もくれず越野さんただ一人をじっ、と見つめています。

 ど、どういうことなのでしょう?

 先ほどまでは暗礁に乗り上げて困り果てていたというのに、この確信を得たといわんばかりの表情は……。

 けれど──


「…………」


 当の越野さんは、警部補の視線に先ほどまでの勢いはどこへやら、蛇ににらまれた蛙のごとく微動だにせずかっ、と目を見開いています。

 まさか?

「危うく騙されるところでした……」

 じゃり、という足音を合図に始まる謎解き。

 それはあまりにも大胆なトリックでした。

「まず、最初に死亡推定時刻の割り出し方を説明しなければなりませんね。

 死亡推定時刻とは“死後硬直”や“死斑(しはん)”の状態によって算出されます。

 ですがその答えは“外気温”によって変化します」

 そ、そうでした!

 死後硬直は高い気温下だと早くとけ、逆に低いととけにくくなるのです!




「そしてそれは──“密室で暖房をかける”ことでも十分に効果が期待できます」



 びくんっ、と反応する越野さん。

「しかしここであなたはひとつミスをした……いや、せざるを得なかった。

 それは──タイマーです。

 死体を温めるのに暖房をつけることを考えたまではよかった。

 しかし、暖房をつけっぱなしにするわけにはいかない。

 なぜならそれでは第一発見者に気付かれてしまうからです。

 それを避けるにはタイマーにする必要があった。

 しかし!


 
 そうなると次にエアコンのスイッチをつけたとき“暖房の状態”で立ち上がってしまうという問題があった。

 本来ならば警察が去った後に店に入ってこっそり元に戻しておくつもりだったのでしょう。

 普通なら警察が現場保持のために不必要に機械を触ることはありませんからね。

 指紋が検出された程度であれば、普段から厨房を使っている自分にはなんの脅威にもならないとお考えになったのではないですか?




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