天使は金の瞳で毒を盛る
「え、ちょっと待って、あなたもしかして社長を狙って私と結婚しようとしているんじゃなくて逆なの?」

私は彼に向き直った。

「そうですよ、最初からそういう態度でいたつもりなんですけど」

「そんなの……」

私はすぐに言葉が出なかった。

「普通そんなふうには考えないわよ」

誰が考えるというの?ありえないでしょう。私と一緒にいるために会社を手に入れる? それも自分の会社は放ったらかして?ないない。

榛瑠は肩をすくめると後ろに手をついて私を見ている。

私は彼にそこまでしてもらう価値はあるのか自信はない。というか、ないよ、どう考えても。

でもここで、ありがとうとか、ごめんなさいっていうのは違う気がする。

それに、彼は本気を出せば、私が想像しないところまでやり遂げていけてしまう人なんだと思っている。そんな人がここにいる。それはもう、なんていうか……

「榛瑠、あなた、私どころでなく馬鹿なんじゃないの?」

彼は笑った。

「かもね。でも、自分で選んでバカなことするのは思ったより楽しいよ」

榛瑠が私に手を伸ばして髪に触れる。晴れやかな楽しそうな顔をしていた。

あなたが楽しいなら私も楽しい。だから、いい。お礼は言わない。

「でもやっと、ここ、という感じですけどね」榛瑠が姿勢を起こしながら言う。「やっと0地点、だな。ここからやらなくてはいけないことも、やりたいこともまだまだある」

最後は独り言のように榛瑠はつぶやいた。

そして、彼はまっすぐ前を見た。どこか遠くを見つめるように。

私は彼と初めて会った日を思い出した。

あの日、着ているものさえ借り物で何も持たずにその少年は立っていた。金色の瞳に光をたたえて、ただ真っ直ぐ前を見て。

あの少年がここにいる。

少年は、瞳に宿った光だけを携えてここまで来たのだ。

榛瑠の金色の髪を風がゆらしている。
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