天使は金の瞳で毒を盛る
私はお嬢様と呼ばれて育ったけれど、あんまり自覚はなかった。周りの同じような立場の友人たちのようには何事も洗練された振る舞いができなかった。

それでも、自分が大事に甘やかされて育ったんだと知った時がある。それは、人に頭を下げて頼みごとをしたことがないと気づいた時。

挨拶したり、感謝したり、謝ったりは躾けられていた。ただ、誰かに私が「お願いします」という時、気づいていなかったけれど、それはお願いではなく命令だった。

だから頼みごとのやり方も勇気も持ち合わせてなんかいなかった。

でもあの時。榛瑠が飛行機に乗って行ってしまう日。

私はなけなしの勇気を細胞ひとつひとつから搾り取るようにかき集めて言った。

行かないで、って。

初めての心の底からのお願いだった。

なのにアイツときたら!あー思い出すと今でも腹が立つ。

私は体を起こすと背にあったクッションを手にとって、ソファをバシバシ叩いた。

榛瑠は飄々とした面持ちで「今更ここで言われてもどうしようもありません、お元気で、じゃあ」
とかなんとか言って、さっさと飛行機に乗って行ってしまった。振り返りもせずに!

そりゃあね、あの時点でどうにかなったとは冷静に振り返ると無かったな、とは思うわよ?

でもさ、言われて嬉しそうにするとか、別れを悲しく思うとか、あってもいいじゃない?

嘘でもいいから寂しそうな顔のひとつでもしてみなさいよ!

私は何が起こったかよくわからないまま、悲しむ事も出来ず、ただ呆然と立ち尽くして、彼の後ろ姿を見ていた。
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