Room sharE
この日はガトーショコラを買うことにした。
イタリア産の濃厚なチョコレート生地の上にふわふわののホイップクリーム。イチゴなんかも乗っていて、私が中学生のときにはじめて作ったそれとは見た目も味も全然違った。
何故――――……ガトーショコラにしたのか。
それはタナカさんと手を繋いで、いっとき過去の淡い恋を思い出したから。
恋に味があるのならそれは甘くもほろ苦いまるでガトーショコラのようなものだったけれど。
それでもあのときの私、好きな人のことに一生懸命だったわ。
その忘れかけた気持ちを一つ一つ丁寧にタナカさんが運んでくれる。
「中学生のときね、初恋の人に焼いたの。チョコケーキを」
その夜ガトーショコラを食べながら、お気に入りのカルヴァドスを飲み、ユウキに話し聞かせると
「――――っえ?妬けるですって?」
私はフォークでケーキ生地を切り分けながら顔をしかめた。
「嘘おっしゃい。そんなことないくせに」
それでも何か言っていたけれど、私は聞かないフリ。
ガトーショコラを口に入れるとそれはほろりと口の中で溶けて、絶妙な甘さと苦みを口の中に残した。その後味を包み込むようにカルヴァドスを流し入れると、また違った甘さを堪能できる。
まるで―――タナカさんの手の温もりのようだ。私の心を甘く苦く包み込み、そしてやがて身も心もチョコのようにトロトロに溶かす熱い熱(ネツ)をもっている。
―――情熱と言った方が正しいかしら、ね。
話を戻すけれど、
「返事は―――とうとうもらえなかったわ。でも似ているのよ……――――え?誰に、かって?
お隣さんよ。
――――そうよ、あの事故物件。一年前も空室だったのに、今は埋まってる」
一年前の―――あの事件を思い出すと、少しだけ心の奥がチクチクする。まるで針の先でつつかれているような。そんな小さな痛みだけど、でも確実に痛みはある。
お隣さんとは仲が良かっただけに、その痛みを忘れることはこの先ないだろう。
ユウキと一緒に居ても、タナカさんとお喋りしてても。
一生。
それはある意味、ガトーショコラのように口の中に残る出来事だったから。
甘く、苦く――――