Room sharE



この日は行きつけのフィットネスジムでエツコと別れて、帰りにこれまた行きつけの都内でも某有名店のケーキ屋さんで彼の大好きなイチゴタルトをホールで買って帰った。


エツコが知ったらまた怒るだろうな、と考えつつも一人でお留守番だと退屈でしょう?せめてケーキぐらい差し入れしなきゃ、そのうち嫌われちゃうといけないからね。なんて考えている。


酷いことされたのにまだ嫌われたくない程の愛情はあるのが不思議だ。


三十分並んで手に入れたケーキを手に、マンションのロビーに帰り着くと、マンションの下。部屋番号を入力するキーパッドの手前で、一人の男性がもたもたとキーパッドを押していた。その傍らにはこのマンションに24時間在中しているコンシェルジュの制服を纏った従業員も困惑した様子で突っ立ている。


「どうかされました?」


声を掛けると二人ともはっとしたように振り返り、私を見てほっとしたような驚いたような複雑な表情を浮かべていた。


新人コンシェルジュなのだろうか見たことのない顏だったが、


「お帰りなさいませ。城戸さま」と私の名前をすぐに出したところから仕事はできるようだった。


「どうされたんですか?」私がもう一度訪ねると


「どうも。ここの4016室に越してきたタナカと言う者ですが、どうもこうも自動扉が反応しませんので」


と困り切ったように眉を寄せ、そのくせソツのない口調でハキハキとそう答えたのは、コンシェルジュの傍らに居た背の高い男だった。甘く低くくすぐるような重低音の声。180㎝以上はある上背にスラリとスタイルが良く一見してコートもその中の細身のスーツも上質なものでセンスが良かった。


おまけにとてもハンサム。


キリリとした男らしい眉の下、一見して鋭過ぎるようにも思える切れ長の瞳が不機嫌そうにギロリと上下し私を見つめ、やがてその目元をちょっとだけ緩めた。イマドキ風に言えば目力があると言うべきかしら。


歳の頃は二十半ばか、私より五歳ほど若いように思えた。


しかし見ない顏だ。


因みにこのタワーマンションは8台あるエレベーターの手前に、厳重とも言える分厚いガラスの自動扉が行方を阻んでいる。


住人はその手前にあるキーパッドで部屋の号数を入力して、更には登録された指紋認証のため、指をスキャンする必要がある。その後(ノチ)、『開錠』ボタンを押すと入れるシステムになっているのだ。指紋は入居前の厳重な身元確認をされた後、登録される。故に不審者が入り込むことは一切できない。


「おかしいですね」


私は9桁あるキーパッドで“4016”と入力して


「失礼します」と言って、タナカさんの手を取った。タナカさんはびっくりしたようにその印象的な切れ長の目を丸めて私の顔と私が取った手を交互に見やっている。


私は躊躇することなくその手の細くて長いきれいな指先をスキャン画面に乗せると、そっと上下させた。





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