契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
しばらくして、だんだんと気持ちが落ち着いてきた栞が、ぽつりとつぶやいた。
『おねえちゃん……あたしがおとうさんの本当の子ぉやないんやったら……大学院に通わせてもろてるのはおかしいし……そもそも、この家におること自体、おかしいんとちゃうんかな……』
『うーん、でもおとうさんはあたしたちが気づいてることをまったく知らはらへんしなぁ。
それに、院は来年で修了するねやろ?今中退めてどうすんの?働くアテはあるの?
齧れるうちはスネでもなんでも齧っときよし』
『でも……今までは一応、血のつながりのあるおかあさんが同じ戸籍に入ってたから……』
まったく今さらな話だとは思うが「真実」を知った以上、血のつながりのない人の戸籍の中で「二女」をしているわけにはいかない、と栞は思った。
すると、稍がこともなげに言った。
『そしたら……あたしら、名字変えよか?』
……へっ⁉︎
栞は涙をぬぐっていた乾きたての洗濯物のタオルを、危うくぽとりと落としそうになった。
『おとうさんとおかあさんが離婚するっていうことは、あたしらはおかあさんの「旧姓」を名乗れるようになるってことやん』
親の離婚の際、家庭裁判所に「子の氏の変更許可」を申し立てて、変更許可が認められれば改姓できる。しかも、そのあと入籍届を出す際には「独立」して別の戸籍をもうけるという選択肢もあるのだ。
『……えっ、まさか、おねえちゃんも「八木」になるの?』
思わず栞は、大きく目を見開いてしまう。
なぜなら……
『おねえちゃん……「やぎ やや」ってへんてこりんな名前にならはるけど、ええの?』
すると、稍はうっ、と詰まった。
しかし、すぐにすっと態勢を立て直し、
『え…ええしっ!栞ちゃん一人だけを「改姓」させるわけにはいかへんしっ!』
半ば自棄になって言い放った。
『……ところでさ、おねえちゃん』
なに?と、稍は妹を見た。
『あたしの本当のお父さんも離婚したんかな?』
『さぁ……どうやろ?
でも、うちのおかあさんが離婚したんやったら、自分も早よ離婚したいと思うんとちゃうんかなぁ』
稍には、彼らが未だに一緒にいて、神戸の六甲アイランドにあるマンションで暮らしているというくらいしか情報はなかった。
『もし、離婚することになったら、あたしの「お兄さん」もお母さんの旧姓に変えはるんかなぁ?』