契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

今日子が言った、神宮寺が十代の頃の……いわゆる「筆下ろし(初体験)」の相手がしのぶだった、というのは事実だった。

けれども、本当にそれはたったの一回だけで……いや、当時の「本田 拓真」は終わらせる気なんて毛頭なかったのだが。

なぜなら、それまでオンナというものに、ほとんど興味のなかった本田 拓真にとっては、しのぶが「初恋の(ひと)」だったからだ。

しかしそれ以後は、しのぶが頑として求めに応じなかったのである。

そのうち、しのぶが担当する別の作家に頼まれたという件を調べに、京都の大学へ頻繁に行くようになった。そして、そこで知り合ったという学者の佐久間と知らぬ間に恋に堕ちて、あれよあれよという間に結婚してしまった。

同世代とつき合えば「淡い初恋」も忘れるだろうと、たまたま告白(コク)られた女の子とつき合ってみた。

自著のドラマと映画でヒロインを務めた女優だった。清純そうに見えたし、またそんな「売り方」を世間にはしていたのに、とっくの昔に処女ではないようで、彼女からはずいぶん鍛え(・・)られた。
だが、そんな関係も、互いに多忙になるにつれ会う機会が減り、最後はメールで別れた。

その後は、だれかと特定の親密な関係になること自体が面倒になって、とりあえずセックスさせてくれて後腐れのない相手を求めた。もし写真を撮られて週刊誌やスポーツ紙に出てしまったら、さよならだ。

神宮寺にとっては、八坂 今日子もそんな相手の一人だった。

ただ、ほかの女には言わないような内面を、彼女にだけは吐露したのは確かだ。
彼女が、しのぶと変わらない歳だったからかもしれない。

この日、今日子が神宮寺に「結婚する相手の気持ち」を聞きに来たように、あの頃の神宮寺もまた、あの頃の今日子に「しのぶの気持ち」を聞きたかったのかもしれない。


また、栞が背を向けた。
どうやら、泣き顔を見られたくないらしい。

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