契約結婚はつたない恋の約束⁉︎
「ええっ⁉︎ まだ、新作が完成してないのに、ええのっ? しかも、あたしをもう世間に知らしめるのっ⁉︎」
くるりと振り向いた栞が、目を見開いて尋ねる。
「仕方ないだろ?書けてねぇんだからな。
あとは東京の自宅のマンションで書くさ。
ま、栞がいてくれさえすれば、おれにすりゃどこだって同じだし……それに、早く栞をおれの妻として、世間に『紹介』したいんだ」
神宮寺がすかさず、ちゅ、と今度はそのぷるっとした栞のくちびるにキスを落とした。
「ええっ⁉︎ たっくんのおうちはマンションやったんっ?」
「……あぁ、悪い……そういうことも、なにも知らせてなかったな……」
くしゃりと前髪を掻き上げて、神宮寺がその端正な顔を歪めた。
「あたしっ、マンションに住むの初めてっ!
えっと……生まれた神戸の家も、京都の町家も一軒家だったから……あ、あたしは赤ちゃんやったから覚えてへんけど、阪神・淡路の震災で家が潰れてしもうたときには、一時期近くの避難所で暮らしてたらしいんやけど……おねえちゃんから聞いた話やと確か小学校って言うてはったような……」
栞はいつの間にか眉間にシワを寄せて、うーんと唸っている。
「……今まで住んできたところを、そんなに忠実に思い出さそうとしなくていい」
放っておくと、あらぬ方向へ「努力」しようとする栞を神宮寺は制した。
「も、も、もしかしてっ!
たっくんって……タワーマンションに住んでるとかっ⁉︎」
神宮寺は、出せばベストセラー間違いなしの作家だ。しかも、芸能人ばりに週刊誌やスポーツ誌を賑わせている存在でもある。
「……悪い。南麻布の低層マンションなんだ。
だが、有栖川公園に隣接してるから環境は悪くないぞ。でも、栞がどうしてもタワマンに住みたいって言うのなら、ヒルズかミッドタウンにでも引っ越すか?それとも、港区がイヤだったら……」
こちらも早く制しないと、早速不動産屋に手付を打ちそうだ。
「あっ、あたしも……たっくんとやったらどこでもええからっ」