夢の続きを
九歳
★・・・★・・・★

私は十二年前ーー小学三年生の時に、スケート教室へ通い始めた。きっかけは、たまたまテレビで見た冬季オリンピック。どの競技も素晴らしいものだったが、氷の上でくるくると舞うフィギュアスケートにはとりわけ心躍った。

男子シングルの演技は絵本で見た王子さまのように華麗だった。「あなたも女の子ねえ」と親から呆れられるほど、気付けばアメリカ代表の選手にすっかり魅了されてしまっていたのだ。

オリンピックが終わってからも熱は冷めやらず、くるくる回ってみたり、ぴょんぴょん跳ねてみたり。
しばらくはそうして、家の中や近所の広場でフィギュアスケートの真似事をしているだけで満足だった、のだが。


『あの選手のように、誰かの心を動かすスケートがしたい! そしていつかは、彼の前に立つんだ』


渋る親に切々と訴えた幼い私はついに、期待と夢を膨らませてスケートを始めたのだった。



「うう、足が痛い」


膨らんだ期待と夢は、割とすぐに萎んだ。

三回目のスケート教室の後。私は、リンクを出た先のベンチでひとり呻いていた。憧れの白いスケート靴を履いてはしゃいでいられたのも最初の十数分だけで、後は痛みと寒さとの戦いだった。現実はそう甘くはない。

必死に頼み込んで通うことを許してくれた親の手前、本人の前で愚痴をこぼすわけにもいかない。
練習が終わったら帰り支度をするためにすぐに靴を履き替えなければ。そう頭では分かっているのに、毎回こうしてベンチに座って弱音を吐き続けていた。

けれど、それももう限界か。
親に謝って辞めさせてもらおうかな。

そう、思った時だ。


「……大丈夫?」


顔を上げると、同じスケート教室で見かけたことのある子が立っている。同い年くらいの、大人しそうな男の子。


ーー今の、聞かれたかも。


みるみるうちに赤くなっているであろう頬を押さえて俯いていると、その子はあろうことか隣に腰掛けてきたのだ。

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