能ある狼は牙を隠す


夏休みが始まる前のこと。
森先生からの電話。香さんが普段通り受け答えたそうだ。


『ああ、狼谷さん。担任の森です』

『いつもお世話になっております。あの、すみません、また玄が何か――』

『私からこうしてお電話を差し上げるのは、これで最後かもしれません』

『え?』


狼谷くん、先週の期末試験で学年一位でしたよ。

森先生は受話器越しでも分かるくらい、嬉しそうな声で香さんにそう告げたという。


「今まで学校から電話が掛かってくるのが怖かった。今度はあの子、一体何をしたんだろうってね。でもその日、初めて電話で玄のことを褒められた」


毎日学校に来るようになったこと。授業をきちんと受けるようになったこと。休み時間、クラスメートと話す姿が見られるようになったこと。

学校での彼の様子を丁寧に報告して、森先生は「もう私から申し上げることはありません」と。


『一年の頃から彼を見てきましたが、きっともう大丈夫だと思います。彼の周りがきちんと支えてあげているようですので』

『ええと……津山くんとはいつも仲良くしてもらっているみたいなんですけれど、』

『ああ、いえ。もちろん津山もそうですが、他にも仲良くしている友人がいるみたいです』


それが羊ちゃんだった――と、香さんがそう種明かしして、淡く微笑んだ。


「玄を……私たちを助けてくれて、ありがとう」

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