能ある狼は牙を隠す

SS 臥薪嘗胆 ―Gen Kamiya―



家に帰ればアルコールの臭いが鼻をついて、リビングから怒鳴り声が飛んでくる。
それが俺にとっての「普通」で、日常だった。


「ねえ、お願いだから……玄も来年には中学生になるのよ? こんな状態じゃ私たち、」

「うるせえな。お前が働いてんだから問題ないだろ。俺は家を守ってんの。一日中な」


不毛なやり取りだと思う。
当時は、なぜそこまでして母が父に外へ出ることを求めるのかが分からなかった。だって、どんなに父に話をしたところで、父が朝から夜までソファから起き上がることはないだろうし、言うだけ無駄だ。

自分の父親が普通ではないこと。アルコール依存症だったこと。一般的に、父親が働き、母親が家事をすること。
それを知ったのは、母に連れられ家を出て、新しい生活を始めてからだった。


「玄。紹介したい人がいるの」


殺風景だった部屋に少しずつ物が増え、二年ほど経った頃だろうか。
学校から帰ってきた俺に、突然母はそう言った。

制服のままでいいから、と促されて、母と二人で車に乗り込む。
着いた先は、普段なら絶対に訪れないであろうレストランだった。


「は……初めまして」

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