能ある狼は牙を隠す



「玄、ちゃんと『いただきます』って言わなきゃだめだぞ」


新しい父親は、母以上に口うるさかった。

朝起きたら挨拶をしろ。帰って来たら「ただいま」、出迎える時は「おかえり」。
好き嫌いはするな。宿題はその日にちゃんと終わらせろ。

小学生かよ、と内心うんざりだった。
マナーや礼儀はもちろん分かっている。必要な場面ではうまくやるし、これまでだってそうしてきた。


「分かってるって。こないだも聞いた」

「じゃあちゃんと言わないと。作ってくれた人への感謝の気持ちなんだから」

「はいはい」


感謝の気持ち、とか。目の前に母さんがいるのによく言えるわ。
母さんも母さんだ。いいよ、食べよう、なんて言うくせに、満更でもないって顔してる。

むず痒い。こうして面と向かって食事を取るのも、「おいしい」だなんて隣でへらへらと笑うこの「父親」も。


「あ、そうだ。玄、明日は寄り道しないで早く帰ってこいよ」

「何で」

「何でって」


玄の誕生日だろ。

当たり前のようにそう言ってのけた彼に、俺はしばらく声が出なかった。

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