能ある狼は牙を隠す


そこにいたのは、がちがちに緊張している様子の男性が一人。
せっかく綺麗なスーツを着ているというのに、所作が全く追いついていない。こっちが心配になるくらいぎこちなく、彼は俺に握手を求めた。


「狼谷隼斗(はやと)です。ええと、いま、香さんと――きみのお母さんと、お付き合いを……させて頂いていて、」


もう少し深呼吸して、落ち着いてから話せばいいんじゃないだろうか。
仕方なく差し出された手を握ると、目の前の顔が分かりやすく輝いた。


「玄くん、だよね? バスケやってるんだっけ。すごいね。俺はスポーツ全然できないから、本当に憧れる……」

「バスケじゃなくて、サッカーです」

「えっ!? あれ、ごめん! サッカー……あ、ほんとだ、サッカーって書いてた……」


彼は自分のポケットから手帳を取り出し、あたふたと謝罪を重ねる。

変な人だな、というのが正直な感想だった。
恐らく感情がそのまま顔に出る。父のようなふてぶてしさはまるでなく、男性というよりかは青年――むしろ少年と言った方が的確かもしれない。


「玄、実はね。私たち、結婚しようと思ってる」


そんな彼が、「父」になるらしい。

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