能ある狼は牙を隠す


断言すると、華奢な肩が跳ねる。

十二月二十五日。彼女の父親は、家を出たという。
冷え切った部屋の中、奈々は一人、その日のうちに帰って来るかも分からない母親を待ち続けたと。
彼女の日常が明確に崩れ始めたのは、その日だったようだ。当たり散らす母親に抵抗もできず、塞ぎ込むようになり、一時期不登校だったことも聞いた。

同情だったのか。それはもう、今となっては分からない。
奈々から諸々打ち明けられた時、放っておけないと思ったのは確かだ。あるいは自分と重ねていたのかもしれない。

奈々と出会ってから初めて迎えた去年のクリスマス、彼女は俺に電話を寄越した。その声は酷く震えていて、不安と恐怖に押し潰されそうで。
彼女の家には何度も入ったことがある。今にも消えてしまいそうなほど不安定なその声色に、慌てて電話を繋げたまま彼女の家へ向かった。道中、何度も「大丈夫」と繰り返しながら。

部屋の中には、一人ぽつんと膝を抱えて縮こまる彼女がいて、この時期になると決まって精神的に参ってしまうことを知った。
その日の晩は、泣きっぱなしの彼女の隣から離れず、そのまま朝を迎えた。


『玄。その日、少しでいいから……会いたい。本当に少し。それで、最後にするから……』

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