能ある狼は牙を隠す


あの言葉が本心からであったというのは、流石に身に染みていた。結局こうして来てしまっているのだから、俺も大概だ。

しかし、それも最後にしなければならない。


「俺はもうお前とは会わないし、連絡もしない。今日も、この後は一緒にいられない」


今も奈々の顔はやつれていて、目が赤い。朝から泣き腫らしていたのだろう。

彼女にとって酷なことを宣告している自覚はある。その痛みがどれほどなのか、一年共に過ごしてきて全く理解できないわけじゃない。
だから俺は、彼女の言葉を忠実に守った。


『本当にあの子が大事なら、指一本、触れないで……!』


どこまで本気なのかは知らない。ましてや、応える義理もない。
奈々の目を盗んでいくらでも、羊ちゃんに触れることはできたことだろう。

でも俺は。俺も、奈々と同等の痛みを背負わなければならない。
それが今まで自分勝手に人を切り捨ててきた自分自身への戒めであり、贖罪だ。奈々をこうさせてしまったのも、ある種、俺の責任なのかもしれない。

だから今日、全て終わらせる。
こんな程度で償いきれるとは到底思えないが、せめて約束は守れる人間でいたいと思った。


「奈々」

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