能ある狼は牙を隠す


俺たちは好き合ってなんかいなかった。
その場限りの熱を埋め合う関係で、一人と一人を足したら二人になる。それだけのことのために、何度も名前を呼んだ気がした。


「お前は、俺のこと、好きじゃない」

「……何、言って」

「俺を好きなんじゃなくて、支えが――寄り添える人間が、欲しかっただけ」


多分、俺もそうなんだ。今なら分かる。


「きっと俺が俺じゃなくなったら、『違う』って言うよ。お前は」


俺が言うと、奈々は息を呑んだ気がした。


「どうして、」


どうして分かったの。彼女の唇が、そう動く。

目まぐるしい変化に、自分だって目が回りそうだ。
冷酷で非情な自分と、温厚で柔和な自分。その全部が「俺」で、どれでもいい、嫌いになれない、と羊ちゃんは言った。


「あの子も、同じこと……言ってた」

「……そう」


結局、奈々が羊ちゃんとどういう話をしたのかは聞けずじまいだった。
それでも何となく、羊ちゃんが俺を信じてくれるという確証だけが色濃くあって。
自惚れじゃない。妄想でもない。彼女は、白羊は、そういう人間だ。


「奈々は、さ」


虚ろな目をした少女に問いたい。


「奈々は、俺のために死ねる?」

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