能ある狼は牙を隠す


狼谷くんの声が、そこで途切れる。


「あれ!? 白さん、何でこんなとこに?」


津山くんはドアを開けたまま奥に視線を向けていたからか、私には気付かなかったようだ。

質問に答えようにも、上手く言葉が出てこない。


「え、と……」


恐る恐る顔を上げて津山くんを見上げる。
結果的に盗み聞きしてしまった罪悪感と、羞恥と、情けなさで頭がごちゃごちゃだ。

ただでさえボールを顔面で受けてじんじん痛むのに、どうしてこんな精神攻撃を食らわなきゃいけないんだろう。

そういえば鼻血を止めるためにティッシュの栓もしたままだし、本当にみっともなさすぎる。


「あー……」


私の恥ずかしさが伝染したのか、津山くんは僅かに頬を赤らめて頭を掻いた。


「保冷剤ね。うん、ちゃんと冷やした方がいいよ。こっちおいで?」

「えっ、」


津山くんは手早く保冷剤を取り出すと、しゃがみ込む私の手を取って立ち上がらせる。


「岬」


保健室を立ち去ろうとした私たちに、後ろから狼谷くんの声が飛んできた。

怖いもの見たさで振り返ると、狼谷くんはとっくのとうにベッドから離れていて、視線はこちらにしっかりと向けられていた。


「邪魔して悪かったって! じゃ、ごゆっくり!」

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