プワソンダヴリル〜甘い嘘は愛する君だけに〜
『ごめん、今日も遅くなる』

スマホの画面に表示された見慣れたメッセージを確認して、盛大にため息をつく。

最近こればっかり…

付き合って約5年、同棲を初めてからはだいたい3年くらい。
お互いに社会人になり、付き合い始めた学生の頃と環境はガラリと変化した。

システムエンジニアとして働く峻くんの生活リズムは不規則で、帰ってくるのが日を跨ぐのは当たり前、忙しい時期は会社に泊まり込むことも珍しくない。

…一緒にテーブルを囲んでゆっくり食事をしたのは何日前だっただろう。

そんなことを考えながら火にかけていたシチューの中身をかき混ぜる手を止めて、もう一度スマホをタップして明るくなった画面に目を向ける。

句読点を入れてもたった11文字のこの言葉は、もはや峻くんのLINEの定型文みたいなものだ。

なんか、もういっか…

もう少し弱火で煮込もうかと思っていたシチューの火を止めて、お鍋に蓋をする。
付けていたエプロンの紐と髪を束ねていたゴムをほどいて、どさっと身体をソファに沈めた。

テレビすら付ける気にならなくて、キッチンの換気扇の音が消えた部屋の中はしんと静まり返っている。

あ、枯れてきてる…

ぼーっと彷徨わせた視線の先に止まったのは、棚の一番上の段に飾られた一輪の花。
真ん中の段には、同棲を始めた日に2人で撮った何気ない写真。
一番下の段には、付き合い始めた頃からの写真が収められたカラフルなアルバムたち。

あーだこーだ言いながら、2人で考えた部屋のコーディネート。

棚の中身は最後まで悩んで…そういえば1ヶ月に1回の記念日の度に一緒に花を買いに行こうなんて話していたこともあったっけ。
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