拾った彼女が叫ぶから
「ホールドが崩れてきたわよ、ルーファス」
「すみません」
「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、そこでターン。足がもつれているわよ。腰を引かないで。私がちゃんとフォローするから足元を見ずに。次はリバース」

 今日もお決まりのやり取りが昼時の王宮に響く。
 情けない顔をするルーファスを前に、マリアは心の中でため息をついた。
 ダンスのパートナーとして雇われてからひと月。
 ルーファスは謙遜でも何でもなく、本当にダンスがてんで駄目だった。リズム感が全くないのである。それから顔の柔らかさに似合わず、動きが固い。何とか優雅に見せようと動かすものの、息がなかなか合わない。ルーファス自身の中で進路が明確になっていないせいで、どこに進むつもりなのか伝わらない。お陰で、一曲踊るだけでどっと疲れる。

「密着はできてるんだから、最初はもっとコンパクトに動けばいいと思うの。その方が私もついて行きやすいわ。まずは音楽をよく聴きましょう?」
「音楽よりもマリアの心臓の音が聞きたいです」
「ふざけないの。真面目に練習して」
「マリアは熱心ですね」
「だって、引き受けたからにはきちんとやらないと。ルーファスがきちんとパートナーと踊れるようにするのが、私のミッションだもの」

 ルーファスがふわりと笑った。
 そうなのだ。この仕事は、ルーファスのダンスの練習のお相手をすること。
 それが何のためか、なんて言われるまでもなくわかる。ダンスは社交術の一種であり、基本的なマナーでもある。
 そしてこの国の王子ならなおさら、苦手では済まされないはずだ。ルーファスがここへきてマリアをつけてまで熱心に取り組むようになったのも、きっと時間があまりないからではないか。
 時間──、結婚までの。
 だから、マリアは何としてでもルーファスを人前に出しても恥ずかしくない程度に仕立てなくてはならないのだ。
 ──そうしたら、ルーファスは誰と踊るのだろう?

「マリア? 疲れましたか?」

 ダンスの途中で動きを止め押し黙ったマリアを、ルーファスが気遣わしげに覗き込んだ。
 彼の指先が、マリアの耳をするりと撫で下ろす。触れられたところが熱を持つ。

「──あ、ごめんなさい」

 その指から逃げるようにぱっと身体を離す。
 前から薄々そんな気がしていたけれど、ルーファスは肌に触れるのが好きみたいだ。ダンスの練習のときだけではなく、隙あらばマリアの腰を抱くし、頰や、首筋に触れられることもある。
 その度にマリアはドキドキして声が上ずってしまうから、慌てて自分をいさめるのだ。その仕草自体は自然でさり気ないから、こんな風に慌てている自分の方がおかしいのではないか、とさえ思ってしまう。

 どうしてこんなことになるんだか──何となくわかっているような気もするけど、そこはまだ突き詰めたくはない。
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