拾った彼女が叫ぶから

強敵

 そのたった一晩で、何もかもが変わった。

「イアン兄上こそ、こんなところで油を売っていてはシェリル様がやきもきするのでは?心配なさいますよ」
「ああ、あいつな……。最近うるさくなったと思わないか? 少しぐらい息抜きさせて欲しいんだよなあ」

 イアンが頭をガリガリと掻く。ぼやく様は精悍な顔に似合わない。どちらかというと豪快とか闊達といった表現が似合う二番目の兄である。これは相当、婚約者に追い回されているのかもしれない。
 彼の婚約者であるシェリルは国内の名門貴族であるフォスター公爵家の娘である。大人しく控え目な性格なのだが、イアンのことは好きでたまらない様子でそばにいないとすぐに不安になるらしい。
 イアンはなるべく彼女に寄り添うようにしているらしいのだが……辺りを見回しても彼女らしき姿はない。ということは、丁度息抜きに抜け出したということだろうか。
 ちなみに王太子のエドモンドには既に妃がいる。こちらは少々生意気そうなと言っては誤解を招きそうだが、なかなか意志のはっきりした娘だ。国交を結んでいるアルディスのヴィオラ王女である。
 そういえば、この王女の瞳もマリアと同じ紫水晶(アメジスト)のような色をしている。瞳の色で意志の強さを推し量るわけではないのだが、マリアも芯は強いと思う。その割にうっかり流されるところが目が離せないのだが。
 ルーファスはこの角度からでは窺えない、マリアの瞳に思いをはせた。その瞳の裏で自分のことを考えてくれていればいいのだが。

「ってお前もなんか怪しいじゃねーか。パメラ殿だっけ? なかなか熱烈なじゃねーか。一体どこのご令嬢なんだ?」
「イアン兄上は僕に来た使者のことまでご存じなんですか。お暇ですね……」

 わざとらしく肩を竦めてみせても、イアンには通じない。どころか「当たり前だ」などと胸を張られる始末である。

「だってよ、普通なら手紙だろ? それが使者を立てるなんてよー、よっぽど地位の高いご令嬢だろうって思うのが普通じゃねーか。でもどれだけ頭の中を掘り起こしてもパメラって名前に心当たりがねーんだよな。どこぞの国のお姫さんだろうかとも思ったんだがよ、そっちにも心当たりがねえし。ますます気になるじゃねえか、え?」
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