拾った彼女が叫ぶから
 マリアがようやく、受け入れてくれた。
 とほくそ笑んだのもつかの間だった。彼女は逃げるように走っていってしまった。
 しかもパタパタと走って逃げていくマリアを目で追っていると、同じように彼女を見つめる姿があった。よりによってこの兄に見られるとは、間が悪い。

「イアン兄上、覗き見とは趣味が悪いですよ」
「いやぁー、お前がご執心の令嬢とはどんな子かと思ってなあ。没落しちまった元伯爵令嬢なんだって?」
「マリアに手を出さないでくださいね。それで覗きの成果はいかがでした?」

 嬉々とした表情でこちらを見るイアンにあからさまにげんなりと返すも、ちっとも悪びれない。

「へえーマリアちゃんって言うのか。可愛い名前だな。……っておお怖い。お前、そんな満面の笑みで牽制するとか背筋が冷えるから止めろよな。……だいぶ頑固そうなお嬢さんが、全部顔に出ているからわかりやすい。ある意味素直だよな。お前が構いたくなるのもわかる」
「イアン兄上はどうやらだいぶ前から覗き見されていたようですね」
「お前たちの掛け合いが面白くて声を掛けそびれたんだ。巨大な虫って……咄嗟の言い訳にしては間抜けすぎる」

 くくっ、と第二王子であるイアンが思い出し笑いをするのを見て、ルーファスは顔をしかめた。何であれ、この兄を笑わせているのがマリアだと思うと面白くない。彼女の言動に笑わされるのは自分だけでいい。
 マリアは出会った夜には大人びて見えたのだが、交わす言葉が増えていくにつれ、少女のような表情を見せることが多くなった。それが自分に気を許しているように見えて眩しい。眩しいから、誰にも見せたくない。

 彼女が中庭で空を見上げる。かと思えば、自分の頬を自分で叩いている。
 ふっとルーファスも笑うと、隣でイアンまで同じ光景に笑ったのでやっぱり面白くない。彼がマリアに向けていた視線をルーファスに戻した。

「それにしてもお前もあの子の前だと生き生きしてるのな。さっきの、作り笑いじゃなかったろ」
「今だって笑ってますよ」
「白々しい。本当はあの子を追い掛けたかったんだろ。俺に早く消えて欲しいって顔をしてるぞ」

 その通りだ。マリアといると、笑いを作らなくて済む。
 彼女の言動は一つ一つが、面白かったり微笑ましかったり、愛おしかったりで、飽きるということがない。自分でも、よもやこれほど彼女に心を持って行かれるなどとは思ってもみなかった。
 たった一晩。
 あの日、彼女はぼろぼろに傷ついていた。それでも泣き喚くこともせず、場を壊すこともせず、ガードナー公の婚約を表向きはにこやかに祝っていた彼女。あのとき何を思ってガードナー公と婚約者……ルーファスらの妹、イエーナを見ていたのだろう。

 自分はその彼女の凛とした強さに目を奪われ、図書館まで彼女を追い掛けた。いつも笑って周囲の言葉を受け流す自分にはないものだったからこそ、強烈に惹かれた。
 そして、奥に隠れた弱さにつけ込んで彼女を抱いた。
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