拾った彼女が叫ぶから
 二人の様子を食い入るように見つめた。
 もしかして、最初からここで待ち合わせしていたのだろうか。彼を待っていたところをルーファスに見つかったから慌てていたのだろうか。ゲイルは最初やや不機嫌そうな顔をしていたが、次第に爽やかな表情になっていく。
 ここからでは中庭の向こう側にいる二人の会話の中身までは聞き取れない。
 そしてマリアもこちらを背にしていて表情が良くわからないせいで、もどかしい。それに胃がむかむかしてきた。

「あー、あれはヤバいかもなあ」

 などと脳天気なことを横から吹き込むイアンを今すぐ蹴り飛ばしたい。
 やっぱりさっき、もっと深くキスすれば良かった。
 マリアが自分のことしか考えられなくなるように。自分の唇の味しか思い出せなくなるように。
 あの男が、マリアを──その身体をも──知っているのだと思うと、はらわたが煮えくり返る。
 狭量なのはわかっているが、それでも他の男が彼女に触れたことが許せない。

 これから、自分だけのマリアに作り替えてやる。誰も知らない、自分だけの彼女にしないと気が済まない。

 マリアには、自分だけであって欲しかった。
 暗に過去のマリアの選択を否定することにもなりかねないから彼女の前では言わない。だが、マリアがゲイルなんかに傾く前に自分に出会っていれば、少なくとも彼女の三年間を傷付けることはなかったのに。
 何より、自分が初めての男なら。義母が決めた馬鹿馬鹿しい法律に結婚を阻まれることもなかったはずだ。

「ルーファス、お前、目が怖えよ。おお珍しい」
「そんなことはありませんよ。シェリル様がおいたわしいなと思っていただけです」
「だからシェリルのことを持ち出すなって!」

 当分の間、イアンにはシェリルのことを突けば良さそうだ。隣でイアンが潰れた蛙みたいな声を上げた。
 そんなことより、二人は何を話しているのだろうか。
 マリアの家が爵位を失って間もなく、愛人関係を持ち掛けた男。はっきり言って嫌悪しかない。マリアはあの男との馴れ初めを話したことはないが、どうせ疑うことを知らない純真な心にあの男が付け込んだに違いない。そういう意味ではルーファスもさほど変わりはないが。

 だが確かに目の前の二人はいろんな意味でヤバかった。ルーファスの内心を苛立たせる意味でも、それから王女を降嫁しようとしているこの時期に密会していると取られかねない意味でも。
 悶々としながらも口元は弧を描いたまま注視していると……ふとマリアが表情を緩めた。目元まで見えなくても、それは良くわかった。
 彼女の横顔が柔らかくなった。

 ぴくりとルーファスの眉が意志の力に反して持ち上がる。何なんだ、あれは。あんな顔をして、自分を手酷く捨てた相手を見るものなんだろうか。

「彼の弱味もどこかに落ちてないですかね」
「え? 何つった?」

 つい呟きが漏れてしまったが、幸いにもイアンの耳には届かなかったらしい。
 ルーファスが動揺している間に、二人は肩を並べて回廊の向こう側へと姿を消した。

「あれは何ていうか、ただの知り合いって感じではなさそうには見えたが。……大丈夫か?」

 語尾が弱くなった。イアンはマリアの過去を知らない。それでも親密に見えたということは、ルーファスにとっては大いに打撃だった。
 無意識のうちに首の後ろに手が回り、ぐりぐりと親指の腹を押し当てる。

「だがあれだな、あれ。あの子、大人しかったな。さっきお前と話していたときはもっと勢いがあったのにな。あっちの方がよっぽど可愛かった」
「それはもしかして兄上なりのフォローですか? ありがたく受け取っておきますが、もっと良い言い方はなかったんですか? 僕に気があるように見えた、とか。その方が慰めとしては上級でしたよ」
「いや? いつも何考えてるんだかわかんねえ笑いでやり過ごすお前が、二人の女とどうやり合うのか見ものだからな、これを逃すのはもったいない」
「兄上はいつもながらお口が悪いですね。僕はマリアだけで手一杯ですよ」
「パメラちゃんは?」
「……兄上、シェリル様があちらに」
「ひっ」

 イアンがびくっとして後ろを振り返った。それを見て溜飲を下げる自分はつくづく性格が悪いと思う。が、元はと言えばイアンが面白がるのが悪い。
 
「っておい、いねーじゃねーか! ……まあ、頑張ってくれよ。イエーナのためにも、さ」
「……善処しますよ」

 どうやらイアンは味方をしてくれるようだ。過去の行状で兄をいじるのはしばらく止めておこう、とルーファスは考え直した。
 それより、まずはあの男だ。
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