拾った彼女が叫ぶから
 マリアはチーズをルーファスに渡す。ぽかんとしてチーズを見下ろす彼に、「ナァーゴにあげてやって」とささやく。ルーファスはつかの間きょとんとしたものの、一欠片だけ千切って差し出した。ナァーゴは尊大な態度で彼を睨むと、大人しくチーズを食べ始めた。
 ナァーゴを見守るルーファスの表情は穏やかで、なんだかくすぐったい。

「姉様は社交界にデビューしてすぐに結婚したから、それからはもう姉様とここで喋ることはなくなったけど……」

 マリアはルーファスの手ずからチーズを食べるナァーゴの耳の後ろをふにふにと撫でる。嫌がられるかな? と思いつつ。

「ルーファスはそういうことってある? その、落ち込んだりとか、落ち込んだときにこうする、みたいなこと」

 ルーファスも嫌がるかもしれない。そう思ったけど、聞いてしまった。
 いつも笑みを浮かべているばかりであまり悩んだり落ち込んだりしなさそうに見えるけれど、実はあるんじゃないかと思う。見せないだけで。
 だって実はマリアも気付いていた。ルーファスが彼女の様子に気付いてくれたように、彼もどこかいつもと様子が違ったのだ。ただルーファスの場合はなんだか漂う空気が黒いというか不穏だったから聞けなかったけど。ダンスを踊れば、動きの強張りくらいはマリアにもわかる。
 いつも見せないのは、そうしたくないからなのかできないのか彼女にはわからない。
 それに、マリアには見せないだけで別の誰かには見せているのかもしれない。だから無理に打ち明けてなんて言うつもりはないけれど。
 ──何を抱えているのか知りたい。

「んー……どうでしょう」

 ルーファスが遠い目をするから、マリアは何をされたわけでもないのにほんの少し心が沈んでしまった。打ち明けてもらえないからがっかりするなんて、勝手にルーファスに近付いた気分になっていたからに違いない。
 頻繁に顔を合わせて、身体を触れ合わせて踊っても、キスをされても、だからといって二人の間の何かが変わったわけでもないのに。
 どうして胸の内がすっきりしないのだろう。

「あ……の、ね。もしそういうことがあって、どうにも吐き出さないと乗り切れないときには、私が相手になるから」

 ルーファスがナァーゴに向けていた視線をマリアに戻した。

「私ならもう社交界に出入りすることもないから、どこかで言いふらすこともないし。鬱憤を晴らすには格好の相手よ」

 自分では頼りにならないかもしれないけど、それでも知っていて欲しい。いざというときにはマリアがいるということ。
 マリアがやり場のない思いをはき出せずに膝を抱えていたときに、受け止めてくれたのは他の誰でもない、ルーファスだったから。
 自分も彼にとってそうでありたい、という大それた望みをマリアは飲み込んで微笑んだ。
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