拾った彼女が叫ぶから

過去の男、現在の男

 時おり吹きすさぶ風に枯葉が舞い上がり、かさかさと乾いた音が立つ。晴れた空はきりりとした空気をはらみ、肌から温もりを奪う。
 晩秋ともなれば、貴族らは狩猟シーズンの真っ盛りである。この日も、王族は来たるべきイエーナとゲイルの婚姻の日を前に国内の名家を招待し、王家所有のシシリューの森にて狩猟に興じていた。男たちが狩猟を楽しむ間、女たちはお茶会という名の社交を繰り広げるのである。

 ルーファスは開始の合図とともに四方に散った馬の背中から一つを定め、それとなく追い掛ける。その馬の乗り手が馬上から射た弓で兎を仕留めたのを見届けると、さり気なく近付く。

「お見事ですね、ガードナー公。さすが名手と言われるだけあります」
「おや、ルーファス殿下。……いやいや、兎の一匹なんぞ大して自慢にもなりませんよ。鹿の一頭でも仕留められれば格好がつくんですがね」

 従者が倒れた兎を抱えて戻るのを一瞥すると、ゲイルは興味を失ったように彼を向いた。その視線を受けてルーファスは馬上で肩をすくめ、ひらひらと手を振った。

「僕なんかはまだ手ぶらですよ」
「殿下はお好きではなかったんでしたかな」
「いえ、動物は好きですが……どうやら僕には狩りは向いてないようです」
「何事も向き不向きはありますからな。それに殿下には機会も少なかったことでしょうし」

 ゲイルの含み笑いを素知らぬふりで、ルーファスもにこやかに応じた。

「ところで、そちらの準備は整いましたか?」

 準備とはもちろん、イエーナとの婚礼の準備である。ゲイルもすぐに頷いた。

「ええ、屋敷の方はいつでも迎え入れられる状態ですよ。イエーナ殿下も頻繁に足を運んでくださっていますから、いっそもう来てくださっても良いのではと思いますね」

 涼しげな顔だが、一刻も早くイエーナとの婚姻を済ませたい内心が透けてみえる。それもそうだろう。直系王族との繋がりができれば、ガードナー家の対外的な力が更に上向くのだ。

 心の中では、この男をどうしてやろうかと先程から考えを巡らせているルーファスである。
 マリアを泣かせた男。彼女を騙して、その気にさせて、我慢させて、妹との結婚が決まった瞬間に捨てた男。
 捨てても尚、マリアに引け目を負わせている男。彼女に自分も悪かったなどと言わせる男。
 ルーファスから見れば、はっきり言ってこの男が全面的に悪いし、マリアは自分を抑え過ぎだ。

 大体、この男にかつてマリアが心を傾けていたことが気にくわない。いや、はっきり言ってムカつく。マリアがこの男を名前で呼ぶだけでむかむかする。
 正直なところ、マリアを泣かせた云々は後付けだ。そうやってマリアを守る風でいながら、実は自分の欲の方が大きい。彼女を自分のものだけにしたいという。
 ──彼女の現在(いま)だけでなく、過去も。
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