拾った彼女が叫ぶから
3. 叫ぶ彼女

伝えてない

 何なのだ、この人は。
 上背があるせいか、小柄なマリアに対して頭だけを下げて近付かれるとほとんど覆い被さられているような感じがする。
鼻先が触れそうな距離に涙目になりながら、でも面と向かって抗議できない相手にマリアは内心で悲鳴を上げた。
 勿論、顔は知っている。第二王子であり、ルーファスの兄であるイアンだ。だが知っていることと親しさとは別物である。少なくともイアンとはこれが初対面のはずだ。

「マリアちゃん? マリアちゃん、聞いてる?」
「え……? あっ、はい」

 イアンは近過ぎる距離を気にした風でもなく、更にずいと迫る。刈り上げた銀髪に明るい青の瞳に無遠慮に覗き込まれて、マリアは思わず仰け反った。ルーファスとは少し違う豪胆さのうかがえる顔立ちは、人懐こそうだが妙に迫力がある。背中がつりそうだ。早くどいて欲しい。

「マリアちゃんが会いに来るって知ってたら、あいつも思いとどまったかもしれねーのになあ。間が悪いよなあ。あいつも何で行っちまったんだか……」

 ぶつぶつと呟かれても、全く話が見えないではないか。かと思うと、イアンにがしっと両肩を掴まれた。ひっと悲鳴が漏れそうになって、必死で飲み込む。
 ──近い! 心臓に悪いじゃないの!

「俺はマリアちゃんの味方だからね! 俺がマリアちゃんと喋ったなんて知ったら、あいつも本当は絶対悔しがるに決まってるんだ。はっはっ。せいぜい悔しがれっての」

 イアンが豪快に笑った後でぎらりと目を眇めた。自分に向けられたわけでもないのに、反射的に首を縮めてしまう。
 というか、そもそもなぜ王子殿下に捕まったのだろう。
 マリアはイアンの視線から逃げるように辺りを見回す。広大な前庭は、冬の最中でもうら寂しさとは無縁だ。正門から正面玄関までを繋ぐ道を挟むように広がるその場所には、色とりどりのヴィオラが絨毯の様に敷き詰められ目を楽しませてくれる。背丈の低いヴィオラのお陰か見晴らしも良く、乾燥した冬の空の下で鳥たちが地面をつつく様子もうかがえる。
 ──気のせいかしら、いま視線を感じたような……?

 そう言えば、屋敷を出たときにも視線を感じたのだった。すぐに辻馬車に乗ったので、すっかり忘れていたが。

 意識が逸れそうになって、慌てて視線を目の前の人に戻す。少しは離れてくれたかと思いきや、相変わらずイアンの顔はドアップで、また悲鳴を飲み込む羽目になった。
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