拾った彼女が叫ぶから
  ──絶対に絶対に後でイアン殿下には謝らせてやるんだから!
 
 扉を開けた瞬間に、マリアは早くも一生分の勇気を使い果たした疲労に襲われた。
 けしかけたのはもちろんイアンである。けしかけて煽ったというべきか。
 「今すぐ二人を止めないと、ルーファスが押されて婚約でもしちゃうかもよ?」などと言ってあの第二王子はマリアをそそのかしたのである。

 ──ちょっと、これ話が違うじゃないの!
 イアンが急使を先に出しておいてくれたお陰かスムーズに王城の中に入れたのは良かったものの、「敵は女王の部屋だ! 行け!」などというふざけた掛け声に我を忘れるべきではなかった。
 ──あんの殿下は……!
 いつの間にか敬称なんて消え去っている。兄弟そろってろくでもないという実感しかない。
 
 駆け込んだ女王の居室では、非常に冷ややかな……まるで氷のような空気が漂っていた。
 マリアも固まるほどに。
 いくら向こう見ずなマリアでも、これはまずいと思うほどに。

「マリア……? どうしてこんなところに」

 目を見開いてその場で硬直したルーファスと、ソファに腰掛けたままこちらをゆったりと、でも探るように見つめる女性。二人の視線を浴びてマリアもまた混乱していた。
 この方がエミリア陛下なのだろうか。ルーファスにとても良く似て……いや、そっくりに見える。

「あ……えっと、その」
「貴女は誰です? 謁見許可を与えた覚えはないわよ」
「申し訳ございません。あ、私……、ヴェスティリアのマリア・オルディスと申します。ここにいらっしゃるルーファス殿下にどうしても急ぎ伝えなければならないことがありまして」

 マリアは冷や汗をかきながら最敬礼を取り、更に頭を下げた。
 今になって自分の無謀さが身に染みる。せめてイアンの援護射撃があったら良かったのに。その彼は今、この執務室の前で警備の者を押さえてくれているのである。

「マリア? 顔を上げていいんですよ。どうしました?」

 ──そっか、援護射撃はここにあるんだ。
 ルーファスと目が合った。久し振りに見たその琥珀の瞳は、まだ驚きを宿しているもののやんわりと細められている。

「ルーファスの知り合い?」
「ええ、大切な女性ですよ。用件は済みましたから、彼女と話しても?」

 ルーファスがエミリアに目をやる。ルーファスが許可を取っているように見えるが、そこには有無を言わせない迫力があった。エミリアが気圧されたように小さく頷く。なぜか彼の方が立場が上のような雰囲気さえ漂わせる。

「ここまで大丈夫でしたか? 何もされませんでしたか? 怪我は?」

 矢継ぎ早に訊ねながら、ルーファスが彼女の目の前まで近付く。その目が、心配そうにマリアを覗き込んだ。
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