拾った彼女が叫ぶから
「ははっ。マリア、最高ですね。僕の好きになった人だ」
「茶化さないで!」
「茶化してなんかいませんよ。僕のためにここまで来てくれたんでしょう? マリアが僕のことを好きなのはとっくに知っていましたよ。でもやっぱり言って貰えると嬉しいものですね」
「余裕面してっ……、私がどんな思いでここに来たかわかってないでしょう! あんたが結婚する前にこれだけは言わなくちゃって思って」
「結婚?」

 気持ちが高ぶってしまって、自分でも収拾がつかなくなってきた。ルーファスが不思議そうに訊き返すのにも気づかず、零れ落ちた涙がおとがいに当てられた彼の指にまで伝った。

「最後に言いたかっただけだから! ……押しかけて悪かったわね!」

 その先を続けられずに唇を噛んだ。瞬きをしたら、また涙が零れ落ちる。
 もう全く自分の制御の範囲外で、どうしていいかわからない。全て出すというのはこんなにも心細くなるのか。何もかもさらけ出すと、こんなにも弱くなってしまうのか。
 
 それでも、言いたいことは言いきった。これで終わりだ。
 マリアが何を言っても、王族の結婚が覆るものではないことぐらいはわかる。そこまで愚かではないつもりだ。
 ただどうしても言いたかっただけで、だからこそイアンの助けまで借りて来たのだ。
 彼女はすっと一歩退いた。
 ルーファスの指が離れる。その指の温もりが名残惜しくて、追いかけたくて、胸はキリキリときつく引き絞られる。
 けれど、引かなければならない。

「お時間をいただきありがとうございました。ルーファス殿下、御結婚おめでとうございます。……失礼いたしました」

 マリアは二人を順番に見遣りながら、どうにか言葉を絞り出した。もうそれ以上は誰の顔も見ていられずに、マリアはそっと目を伏せた。もうこれ以上は泣いたら駄目だ。言いたいことを言えたのだから、良しとしなければならない。
 目元がひりひりする。これは胸と同じだな、なんてことをぼんやりと思う。
 乗馬服に合わせたブーツが、背を向けると共にかつんと寂しく響いた。マリアは足を速める。せめて、この部屋を出るまでは我慢しなくては。

「マリア!」
 
 不意に強い力で肩をぐいと引かれ、その拍子にもう見せまいとしたはずの涙がまたぼろぼろと零れ落ちた。
 こんな顔は見せたくない。少なくとも今は彼の結婚を祝ったばかりのその口で、恨み言も泣き言も言いたくない。なのに心の奥を抉るみたいに容赦なく覗き込まれて、カッと頬が熱くなった。

「やっ……!」

 抗議の声を上げる間もなかった。マリアの身体が引き寄せられ、ルーファスの腕に抱え込まれる。
 マリアは深い黒のウエストコート越しに彼の胸を叩いたが、それを物ともせずに更にきつく抱え込まれる。
 同時に彼がさり気なく動いてマリアごと立ち位置を変えた。エミリアの視線から外そうとしてくれたのだとわかった。まるでマリアの涙をエミリアに見せたくないという意思表示にも思えた。

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