拾った彼女が叫ぶから
 エミリアとイアンの立ち合いの下、二人は簡易的にではあったがトゥーリスで婚約式を執り行った。そしてその足で、一旦ヴェスティリアに戻って来たのだ。
 国王、王妃への報告に始まり、第三王子として全ての権利を放棄する手続き、ルーファスが携わっていた公務の引継ぎなど諸事を片付けるために。
 その中にはもちろん、マリアの両親への挨拶もあった。予め話をしていたとルーファスが言っただけあって驚く様子はなく、両親は手放しでマリアの結婚を喜んでくれた。トゥーリスに移れば会える機会も少なくなる、家のことは心配だが、それを気にさせずに祝福してくれた彼らの愛情が温かくてマリアは泣いた。
 とはいえ二人とも今は身軽であるから、機会があればトゥーリスに呼び寄せることもできるだろう。

 ヴェスティリア側でも、ルーファスが女王の嫡子であることを証明するため、というか口裏を合わせるためにルーファスは国王をも脅して一筆したためさせたようだ。息子の命を案じたエミリアがヴェスティリアに彼を亡命させていたという作り話である。しかし真相がイアンに知れてしまった以上、明るみに出るのは時間の問題かもしれないとルーファスはうっそり笑っていた。

 今日はマリアも正装である。
 彼女自身も、出会いの日と同じ深紅のドレスに同色のハイヒールだ。ドレスはもちろん王宮で用意されたものなので、出会いのときに着たものよりも数段質が良い。赤茶色の髪は王宮仕えの侍女が結い上げてくれた。

 ──一つだけ、違うのは。
 マリアは左手に目を落とした。
 そこには、金の指輪がはめられている。一見シンプルだが、よく見ると小粒のイエローダイヤモンドがびっしりと連なっており、内側には琥珀と紫水晶を交互に埋め込んである。揃いの婚約指輪は彼の手でもさり気なく光っていた。

「先生が隣にいるんですから、大船に乗った気でいますよ」
「やだ、リードはルーファスなんだからね」
「わかってますって。そろそろ一曲目が終わります。僕らの出番ですよ」

 これがルーファスの、第三王子としての最後の公務だ。
 ヴェスティリア国から華やかに退場するための、国王からのはなむけだった。皆へのお披露目である。
 マリアは横に並ぶルーファスの手に触れた。甘く溶けそうな目が更に細められる。彼がうやうやしい仕草でマリアの手を取った。

 これから、二人とも新しい土地で、知らない人々の間で、一から居場所を築いていく。
 学ばなければならないこともしなければならないことも山積みで、その多さに目眩を覚えることもある。
 それでも一度思いを全て伝えきったから、それを受け止めてくれた人とだから、怖くはない。全てさらけ出すことは人を弱くするのだと思っていたけど、そうじゃなかった。逆だった。

「拾ってくれて、ありがとうね」

 ぽつりと漏らすと、聞こえなかったみたいでルーファスが「ん?」と訊き返した。独り言だから、と笑ってごまかす。
 きっと後で追及されるだろう、「言って?」とその笑みを少し意地悪くゆがめながら。
 それでも今は何となく、このままで居てくれることが嬉しい。マリアは繋いだ手にきゅっと力を込めた。

「曲が変わりましたよ。マリア、行きましょうか」

 ルーファスが、ダンスの練習を重ねてきた日々よりも頼もしい口調で、彼女の腕を取り自身の腕に絡めた。
 足取りまであの頃とは違う。変わっていく。これまでも、これからも。

「ええ。じゃあ──あんたのお手並み、拝見するわ」
 
 マリアもまた挑むように微笑む。ルーファスと共に広間の中心へ、一歩足を踏み出した。
< 79 / 79 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:78

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは
  • 書籍化作品

総文字数/104,008

恋愛(オフィスラブ)134ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
――人付き合いが悪くて無愛想、仕事のやり方だって違う。 その上、食に無関心だなんて信じられない! 【大手設計事務所から転職してきた無愛想な建築士】 吉見 一希(よしみ かずき)26歳 × ――ぐいぐい来るし、めげないし、お節介。 愛想はいいんだろうけど、鬱陶しい。 ていうか、なんで大食いなこと隠してんの? 【食いしん坊だけど、職場ではひた隠しにしている営業女子】 目白 陽彩(めじろ ひより)26歳 一生の不覚。 夜食爆買いの場面を目撃されたことから始まる二人の恋は、 美味しいご飯と共に、進んでいく……? ***ベリーズ文庫with2025年11月刊として刊行予定です*** 書籍版とは異なる部分があります。
大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
  • 書籍化作品

総文字数/109,385

恋愛(オフィスラブ)143ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
仕事では何食わぬ顔で接することができても プライベートでは決して関わりたくないと思ってきた――パイロットという職種。 とっくに吹っ切れたはずの痛みがぶり返して、振り払おうとするのに いつのまにか、 こんなに……好きになるなんて。 沖形 朋也(おきがた ともや)29歳 エアプラス社期待のエリート副操縦士 × 木崎 美空(きさき みく)26歳 エアプラス社オペレーションセンター所属 ディスパッチャーを目指す運航支援者 蜂蜜のように甘くとろりとした目で、彼は言う。 「美空のこと、俺がもらっていい?」 「俺が美空をどれだけ愛してるか、わかっていないんじゃない?」 ***ベリーズ文庫さまより、7月刊行予定です*** Web版は、書籍版とは一部異なります。
お久しぶりの旦那様、この契約婚を終わらせましょう
  • 書籍化作品
[原題]書類上の夫(社長)に離婚を切りだしたら、溺愛を思い知りました

総文字数/103,852

恋愛(純愛)129ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
最初から、形だけ。契約だけの関係だった。 三年間、顔を合わせたのだって一度きり。 だけど、海外から戻り社長に就任した彼の秘書になった私は 誰も知らない、彼に買われた「妻」―― クールで弱音を吐かない御曹司社長  東堂 嶺 32歳 × 不遇の家庭環境を持つ頑張り屋秘書 東堂 知沙 (旧姓 羽澄) 25歳 契約の事情が公になれば、彼の足を引っ張ってしまう。 だから離婚の申し出をしたのに、 彼は応じないどころか、私を切なく見つめてきて―― 「君といると、どうも気がゆるむな」 「俺を見ていればいい」 ……ねえ、嶺さん。 本当に、私はこのまま嶺さんの妻でいていいんですか? 2024.07.19 公開 2024年9月書籍刊行予定(Web版とは設定など一部異なります)

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop