拾った彼女が叫ぶから
「……とにかく、これは両国の関係を他国に示すチャンスです。ヴェスティリアからも兵が増援されると知れば、ゲルンも迂闊なことはできないでしょう。取り急ぎトゥーリスへの持参金みたいなものですね。ちょうどガードナー家は王族との繋がりもできたことですし適任でしょう?」
「あ、じゃあまだ正式にはイエーナ殿下との婚約は解消されてはいないのね?」
「彼の処分を発表するまでは、解消するのは得策ではないですからね」

 それは逆に言えば、ゲイルがトゥーリスの国境地帯に赴くことが正式に決まれば婚約も解消されるということだろうか。とそこまで考えたところで、マリアははっとルーファスを凝視した。

「もしかして『手土産』って……!」

 ルーファスの笑みが黒い。怖い。
 ということは、マリアたちがトゥーリスにいる間に、事件の主犯がゲイルであることを突き止め、なおかつどう断罪するかも算段をつけていたということか。
 ──対応が早すぎるんじゃない? ちょっと寒気がするんだけど。

「我が弟ながら悪辣だよなあ。片田舎な上にいつ戦争が起きるかわからねえ土地だぜ?」
「ガードナー公が平定しさえすれば戻ってこられますよ。彼の罪を公表すれば王家としても体裁が悪いでしょう。三方とも丸く収まるいい案じゃないですか。それにしてもイアン兄上のお陰で上手くいきました。まさかマリアがトゥーリスに来るとは思いませんでしたが」
「お前に踊らされた俺の身にもなれ。イエーナはまだ自分がきっかけを作ったとは気づいてないぞ。それに未遂だろ? お前の私情が入りまくってんじゃねーかよ」

 何のことだろう。イアンだけでなくイエーナまで関係があるらしい。

「イアン兄上は僕らの味方だと仰いましたよね?」
「俺はマリアちゃんの味方だ!」
「なら問題ありません」
 
 マリアは後ずさりしたくなった。どんな私情があるのか知らないが、ルーファスを怒らせると大変なことになるということだけは二人の様子を見れば嫌でもわかった。
 ところが思わず「お気の毒ですね……」とマリアが零した瞬間、両方から「どこが!?」という突っ込みを入れられた。

「マリアは甘すぎます」
「そうだよマリアちゃん! そろそろ人を疑うことを覚えた方がいいよ? 特に婚約者とかな。……ぐぇっ!?」

 にやついたイアンが一転、みぞおちを押さえて呻く。それを涼しい顔で一瞥して、ルーファスがマリアに向き直った。黒々とした気配は消え、一転して柔らかな笑みが広がる。

「ほら、マリア。いよいよファーストダンスの始まりですよ」
「え、ええ。……ルーファスこそ、ダンス大丈夫なの? 鈍ってないわよね?」

 華やかな音楽が奏でられ始めたことにマリアも気づく。これから国王夫妻のファーストダンスだ。
 マリアも気持ちを切り替え、改めてルーファスを見つめる。
 琥珀の目は自分を映して光を増し、麦の穂のような柔らかな金色を帯びた髪は後ろに撫でつけられている。はらりと前髪が額に掛かるのが気になるのか、無意識にそれをいじっている。
 彼女はその立ち姿を目を細めて見上げた。
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