7年目の本気

 それは、いつものように利沙他数人の友人達と
 学食で昼ごはんを食べていた時のこと ――
  

 食堂の片隅にある巨大スクリーンのプラズマテレビ
 から流れてきた芸能レポーターの声に思わず
 手が止まった。

 
 『―― こちらが本日大手各社の週刊誌で、
  人気女優・如月藍子さんとの正式な婚約が
  報じられた会社役員・各務匡煌さんの
  自宅マンションですっ』


 如月藍子との噂より、どちらかというと、
 祠堂では私との関係の方が先行しているので、
 私と同じテーブルで昼食中だった一同は皆、
 私の顔を怪訝そうに凝視している。

 匡煌さんと女優・如月藍子との熱愛報道は
 かなり前から流されていたから、
 今さら別に驚きもしなかったが
 ”正式婚約” なんて寝耳に水だ。
   

 如月藍子(本名・神宮寺藍子)は家族全員、
 芸能関係の仕事に就いている業界では
 とても有名な芸能一族のお姫様だ。


 父親の神宮寺泰三は往年の名優で、
 現場から退いた後は芸能事務所を設立し
 多くの俳優やタレントを輩出してきた。

 日本の芸能界を裏で牛耳っているのは
 この男で――、
 ドン・神宮寺のご機嫌を損ねたばかりに
 干された芸能人は数多いと聞く。

 また義理の父・神宮寺剣造の人脈で政財界や
 法曹界にも顔が広く。
 長女の香始め長男の太陽や次女・葉月が
 警察沙汰の不祥事(覚醒剤取締法違反)で
 検挙されそうになった時も、
 圧力をかけ噂の流出を食い止めたというから、
 今回大手新聞社が一斉に竜二と藍子の婚約を
 報じたというのは、あながちただの噂でも、
 デマでもないんだろうと思った。
  
 匡煌さんはもう、
 藍子お嬢様との結婚から逃れる事は事実上不可能。

 仮に彼が反旗を翻せば神宮寺剣造氏も
 ドン・如月も黙っているハズはないから。
  
 だから、今私に出来る事は……。


*****  *****  *****


『―― 今から実家へ行って、両親にお前の事を
  全て話すつもりだ』


 昼食後、食休みがてらPCメールの
 チェックをしていた時、
 匡煌さんからそんな携帯メールを受信し、
 私は慌ててコールバックした。


「もしもし、匡煌さん? 
 お願いだから早まらないでっ」

『早まるなってのは、何だよ~。
 俺としちゃあコレはちゃんと計画してた事だ』

「でも、抜き打ちみたいなやり方は酷いよ。
 私にも事前に相談くらいはして欲しかった」

『相談したら、お前は今みたく大騒ぎして止めたろ?』

「!!……」

『心配すんな。多分、夜には朗報を届けてやるよ。
 待ってろ』


 通話が切られても、動けなかった。

 匡煌さんの試みは絶対失敗する。

 だって、広嗣さんは何が何でも匡煌さんを
 神宮寺のお嬢様と結婚させる気だもん。

 ご両親だって我が子が女子大生なんかに
 入れ上げるのを許すハズがない。
 それにあの神宮寺氏自身も、そんな事を知れば
 黙ってはいないだろう。

 自分が身を引けば、全ては丸く収まる。

 もしかしたら、
 事態はそんな簡単な問題じゃないのかも
 知れないけど、私がこのまま匡煌さんについていれば
 彼はますます暴走する。

 とりあえず、彼の元から離れなきゃ。

 上京するまでの寝床を確保する為、
 利沙へ連絡をとろうとした時、また、
 匡煌さんから着信が入った。

 彼の声は暗く沈んでいた。


『……ごめんかず、今夜は帰れない』

「……話したの?」

『あぁ……大喧嘩になったよ。
 ま、元々素直に認めてもらえるとは思っちゃ
 いなかったが、ハードルはかなり高い……でも
 どんなに時間がかかろうと説得するつもりだ。
 待ってて欲しい』

「……」

『……待ってて、くれるか?』


 彼の縋ってくるような声に、涙がこみ上げる。


「……OK。待ってるから、早く帰って?」

『愛してる、和巴』


 私はそのままトイレへ逃げ込んで、泣いた。
 匡煌さん……今の私にあなたの全てを
 受け止められる器量はありません。



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