Umbrella




「だってすっごい心臓がドキドキってしてて面白かった」

カァァッとまた顔に血が上った。
仕方がないだろう。
僕だって男だ。
しかも思春期で、女の子をああいう風に抱きしめたことなんて一度もないし、笠原が女の子だって意識しちゃったし、そう考えたら毎日一緒に帰っている僕達はまるで……。
意識すればするほど、心臓はますます音を大きくする。
僕がこんな風に彼女のことを意識してしまっているのに、彼女は何でもないかのように僕の胸に耳を押し付ける。
ああ、そうか。
僕は彼女にとってはなんでもないただの友達なんだ。
僕だけがこんな気持ちなんだ、と寂しくなった。

「じゃあ、また明日ね」
「また明日」

こうして僕達は別れる。
それが毎日の日課。

次の日もその次の日も雨が降った。
いつも通りの一つ傘の中、笑顔が二つ。
いつも通りの赤色のタイルを踏んで、いつも通り二人一緒にびしょ濡れになる。

そして日に日に彼女の笑顔に惹かれていく。
これが恋だなんて気づかなかった。
ずっと一緒に入れるだけで僕は満足していた。



梅雨の時期がそろそろ終わる頃。
天気予報では来週が梅雨明けで夏が始まると言っていた。
梅雨が終わっても、夏が始まっても彼女は僕と一緒に帰ってくれるだろうか。
雨が降っても降っていなくても一緒に帰っていたからこの先もきっと帰ってくれるだろうとは想っているけど、どうしてこんなに寂しいのだろう。
雨が降らないからか、傘をさしてびしょぬれにならないからか。
たくさん考えたけど答えは出なくて。

今日もまた、放課後一緒に傘をさして帰る。
いつもなら赤色タイルを見つけたらゲームが始まる。
だけど今日は少しだけ違った。
いつもの街灯の下、段ボールが置いてあった。

「猫だ」

笠原がそう呟く。
段ボールの中には彼女が言った通り猫が2匹いた。
大きさからすると子猫だろう。
ミーミーとか細い声で鳴いている猫に心臓がきゅっと縮こまる。
雨に濡れているその体はとても寒そうだ。
だけどごめん、動物は買えない。
二つ上の姉貴と母さんが動物アレルギーなんだ。

何もできずにただ突っ立っていると、隣で笠原がかばんの中から折り畳みの傘を取り出して、子猫たちに傘を差してやった。

「これで濡れないね!」

にこりと笑う。

「傘、持ってるんだ」
「持ってるよ。いつも常備してる」
「……じゃあなんで差さないの?」
「だって、差してくれる人がいるもん」

まっすぐに俺を見つめる笠原。
彼女の真剣な瞳に俺¥僕は何も言えなくなる。
そんな僕の腕を引いて歩き出す。
傘の中、二人きり。
沈黙が続く、水たまりが跳ねる、雨の音が少しだけ耳障りだ。

さっきの言葉の意味は一体なんだろう。
傘を差さない理由はさしてくれる人がいるから。
僕のことだと考えなくてもわかる。
じゃあ、その前は……?
傘を常備しているのに今まで刺さなかった理由。
僕が声をかけるまでどうして彼女は傘を差さなかったのだろう。
理由がわからない。

彼女の考えがわからなくて無言でいると、静かに彼女は口を開いた。
それはまるで先ほどの子猫の鳴き声のようにか細くて、耳を澄まさないと雨の音でかき消されてしまいそうだった。

「本当の理由は違うんだ」

彼女の横顔がどこか寂しそうで、ずっと前の、俺と話す前の彼女を見たような気がした。
笠原は足元の水たまりを蹴る。
ぱしゃんと音を立てて彼女の足を濡らす。

「空だってね、泣きたいんだよ。でもみんな傘を差して見て見ないフリ。かわいそう。だから私は傘を差さないで慰めてあげてるの」

大きく足を踏み出し、笠原は傘の外へ出る。
くるり。
両手を大きく広げて、顔を空に向けて、彼女は回る。
彼女が足を踏み出すたび、地面にたまった水が跳ねて彼女の身体を濡らす。

ぱしゃん。

「じゃあなんで僕の傘の中にいるの」

ぱしゃん。

「見て見ないフリ、しなかったから」

ますます意味がわからなかった。
笠原は回り続ける。
満面な笑みを浮かべて、彼女は水たまりの上でジャンプをした。

ばしゃん。
ばしゃん。

何度も何度も。
どんなに足が濡れていても彼女はジャンプすることをやめない。

「……濡れてるよ」
「うん。知ってる」

ばしゃん。
水たまりの上、彼女は大きくジャンプをした。

「でも今は、濡れたい気分」

今にも泣きそうな顔で水たまりを眺める彼女に、なんて声をかければいいのかわからなくて、でも何か言わなくちゃいけないような気がして、俺は傘を彼女に差しだそうとしたその時。
彼女はぱっと顔を上げていつも俺に見せてくれる笑顔をくれた。

「また明日、バイバイ!!」

白い歯をみせて、くるりと一度回って、雨の中スキップして彼女の背中が遠のいて行った。
ズキンと心臓が痛んだ。

泣きそうになった時、「どうしたの」って聞けばよかったのだろうか。
そしたら君は答えてくれたのだろうか。
それとも初めて話したあの日のように「大丈夫」なんて強がって壁を作ってしまうのだろうか。

何をすれば正解なのかわからなくてモヤモヤした気持ちが全身を包む。
雨は強くなる一方で、僕の足を濡らしていく。
つま先からしみこむ水はとても冷たくて不愉快だった。


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